ジェミーと走る夏

Crossing Jordan.

出 版 社: ポプラ社 

著     者: エイドリアン・フォゲリン

翻 訳 者: 千葉茂樹

発 行 年: 2009年07月


<  ジェミーと走る夏   紹介と感想 >
新学年度が9月に始まるアメリカと4月に始まる日本とでは「夏休み」の位置づけや意味が違っていて、それが両国の児童文学の物語性に大いに影響を与えている、というのは、僕の仮説です。いや、実際、子どもたちの感覚も違うのだろうなとは思うのです。新入学や、新学年を前にして、新たな環境に入る助走期間としてのアメリカの「夏休み」は、期待も不安も、少し違う色合いを持っているのではないでしょうか。日本の春休みのように宿題のない(憶測)、そんな夏休み。やや解放的で心機一転の新たなスタートを前にした猶予の時間。アメリカの子どもたちの、そんな夏を思うと、また、違った印象を感じとれものですね。この作品、とても日差しが強くて、夏の暑さを意識させられます。熱射病もまたキーポイントになるぐらいで、湿度の高い日本とはまた違った夏の風情があるようです。二人の女の子の出会いからはじまる夏の物語は暑くて、困難も多くて、難しい問題も沢山あります。とはいえ、物語がそのハードルを飛び越えた時には、心地良い風が吹きぬけたような清涼感があり、爽快です。物語の向こう側にある、これからの楽しい日々を予感させてくれる、大いなる助走としての夏休みの物語。ストレートにグッとくる作品ですよ。

キャスが仲良くしていた一人暮らしのお婆さんが亡くなった後、空いてしまった隣の家に越してくることになったのは黒人の一家。それを知ったキャスの父さんは、家の周りに高いフェンスを張り巡らせました。視線をシャットアウトするだけではなく、まさに正面から相手を拒むことの意志表明です。この地域では人種間の対立が強くて、父さんの世代は黒人に対して、あらかじめ強い敵対心を持っていたのです。そんな家庭で育ったキャスとしては、最初はおっかなびっくりだったのですが、ふとしたきっかけから、隣家の娘であるジェニーと話をするようになります。同じ十二歳で、陸上が得意な二人は、最初は張り合って競争をするものの、お互いに「なかなかやる」ことがわかってきてから、ぐっと心の距離を近づけていきます。短距離が得意なジェニーと、長距離が得意なキャス。やがて二人は、チーム「チョコレートミルク」として陸上界で活躍することを夢見るようになります。二人の交友は一緒に走るだけではなく、亡くなった隣のおばあさんからキャスがもらった革装の『ジェーン・エア』を二人で読むことにも広がります。一人では読み通せなかった昔風の難しい言葉ばかりのこの本も、二人で朗読しながらなら、意外にも楽しく、だんだんとその物語に胸を躍らせるようになっていくのです。すっかり親友になった二人ですが、問題なのは親たちのこと。頑ななキャスの父さんや、ジェニーのお母さんが、隣の子と親しくしていることを知ったらどうなるのか。周囲を巻き込みながら、多くの障害とトラブルを乗り越えていく姿が、実に清々しい物語。二人で陸上のスターになる将来を夢見ることや、ひとつの物語を読んで感想を言いあったりすることが、なんだか微笑ましく、楽しいのです。でも、ただ甘いだけではない。ビターさもあるのがチョコレートミルクの身上。まさに、そんな物語ですね。

人種差別というテーマが、今日的な児童文学でどう語られるのか。かつてのハミルトンの児童文学作品とは、無論、違うタイプではあるものの、アメリカの根幹にあるものは根深いのだなという印象を受けます。過去にあった悲しい差別の歴史と、差別する側の複雑な内面もこの作品では表現されています。キャスのお父さんはブルーカラーで、仕事が優先的に黒人に与えられてしまうことに憤りを感じています。親族で誰も大学に進学した人がいないというキャスの家庭と、苦学して大学まで行き、看護師になったジェニーのお母さんの対比なども考えさせられるものがあります。はっきりとした理由もなくわだかまってしまうもこと。キャスにしても、同じ学校の黒人の子たちとは別のグループだし、親しい子もおらず、やはり距離を感じています。そして自分がジェニーをどこまで信じているのか、という自問自答もありますa。それでも、キャスは越えていきます。心に積極的にフェンスを作っていく父さんにも葛藤があります。侮蔑しているというよりは、自分が相手から侮蔑されているように思っているのです。キャスの父さんも悪い人ではない。ただ人間としては不器用なんですね。子どもたちのように、一足とびに垣根を越えることは大人には難しいもの。だけど、ここには希望と、より良い未来の予感がある。さて、この夏の向こうにはどんな景色が見えるのか。苦さと甘さが調和した傑作ですよ。作者のエイドリアン・フォゲリンは『シスタースパイダー』という、実にYAらしい作品が邦訳されていましたが、この『ジェミーと走る夏』が本国でのデビュー作なのだそうです。『シスタースパイダー』も、実に面白い作品なので、おすすめです。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。