出 版 社: さ・え・ら書房 著 者: パトリシア・ライリー・ギフ 翻 訳 者: もりうちすみこ 発 行 年: 2017年10月 |
< ジュビリー 紹介と感想 >
傷つかない人生などない。いえ、正確に言うと、傷つけられない人生はない、なのかも知れません。傷つくのは自分次第です。ヤワかタフか。鈍感か敏感か。傷つかない人生は憧れです。気持ちひとつで、なんとかやりすごせないものかと思います。もっとも、「だれも、あんたなんかいらない」と面と向かって友だちに言われた時に傷つかないでいられるかというと、これはなかなか難しいでしょうね。大人だって相当、厳しいと思います。さて、そんなことを言われて傷ついている子どもをどう励ますべきか。心理療法士のカウフマン先生は、傷ついたジュディスに「きみを『いる』と思っている人のリストを作ってみようか」と提案します。これは、ヘタをするとヤブヘビになって、余計落ち込ませることになるのではと思うのですが、そこはジュディスがちゃんと愛されている子どもなので、なんとかなるのです。ジュディスは選択制緘黙という、一人の時には言葉を話せるのに、人前ではしゃべることができないという心理的な障壁を抱えた子です。それは、幼い頃に母親に置きざりにされ、母さんの姉であるコラおばさんのもとで育てられたことも影響しているのかも知れません。おばさんの愛情を沢山受けて、ジュディスはとても健やかに育っています。だけど、ちょっと歯車が噛み合っていないところもあります。時折、人は、自分が愛されているんだ、ということを、あえて思い出さなければならないですね。いや、根拠なんてなくてもかまいません。自分の心を守り育むために、それはとても大切なことではないかと思うのです。
ジュディスは人前で話をすることができない、あたりまえに考えると難しい子です。特別クラスに通っていたジュディスを、普通クラスで過ごさせようと考えたのは、コラおばさんでした。ジュディスのことをジュビリー(この上ない喜び)と呼んで、溺愛するおばさんは、ジュディスにもっと多くの人たちと接して、友だちを作って欲しかったのです。とはいえ、話ができない子が、普通の教室にいることはまた困難を生じます。きっと、たくさん傷つけられることになるでしょう。実際、「あんたなんかいらない」と言われることだってあります。まあ、傷つきます。でも、傷つけた人の真意がどこにあるかなんて、わからないものです。どうして母さんは自分を置いて出ていったのかだって、理由は不明なのです。人が自分を傷つけたのは、悪意からではなく、それなりの心の事情があったからなのだと理解できる場合もあります。ジュディスは、自分もまた誰かを置きざりにする側に立ったことで思い知ります。自分の心に正直に従うと、人の傷つく気持ちなど見えなくなることもある。一足飛びに悟って、心の問題が解決することはありませんが、ジュディスは少しだけ先に進めるようになります。そのためのプロセスが、この物語であるのですが、結構、大変だなあと。それでも、外の世界に出ていくこと。人と交わっていくこと。そうした大切なことを教えてくれる作品です。
ジュディスの母さんが、ジュディスを産んだのは十七歳の時。そして、娘を置いて、女優を目指すというようなことを言って出ていってしまうのですが、この時、姉であるコラおばさんはいくつだったのだろうかと考えています。恋人だったギデオンに、ジュディスを育てるから結婚はしないと宣言するのも相当な覚悟ですが、実際、コラおばさんは、たくさんの愛情をジュディスに注ぎ続けていくのです。ギデオンもまた、そんなコラおばさんをサポートし、ジュディスを可愛がっています。ジュディスと同級生の問題児、メイソンにも好意を寄せ、二人の仲を接近させるギデオン。彼もまた良くできた人です。ジュディスの普通クラスの担任になったクワーク先生も志しの高い人で、こうした周囲の愛のある大人たちによって、ジュディスががっちり護られていることが、安心して読めるところかなとも思います。実は大人たちにもそれぞれに葛藤があります。あるはずです。物語で描かれない余白に、ジュディスもいつか気がつくかも知れない。いつかきっと拡がっていく心の世界に、思いを馳せることができる作品です。とりあえずは、幸福な結末に祝福を。