セブン・レター・ワード

A SEVEN-LETTER WORD.

出 版 社: 評論社

著     者: キム・スレイター

翻 訳 者: 武富博子

発 行 年: 2017年10月

セブン・レター・ワード 紹介と感想>

フィンレイは十四歳。二年前にお母さんが何も告げないまま突然にいなくなってしまったことに失意を抱きながら、お母さんに宛てて日記を書いているようなナイーブな少年です。置き去りにされたという思いはフィンレイの吃音を悪化させ、吃りながらでないとしゃべれないようになっていました。中学校では吃音をからかわれ、同級生のオリヴァーたちのグループから酷いいじめを受けています。フィンレイはスクラブルという、ボードの上でアルファベットの文字を並べて単語を作り得点を競い合うゲームが得意です。友だちのいないフィンレイは、以前はお母さんと一緒にこのゲームで遊んでいたけれど、今はネットのオンライン・スクラブルで知らない相手と対戦するようになっていました。オンラインだからとはいえ、なるべく人と関わらないようにしていたフィンレイでしたが、ある日、対戦を申し込んできたアレックスと名乗る同じ年頃の子とメッセージを交わすようになります。どこか秘密めいたアレックスはフィンレイと同じように複雑な家庭の事情を抱えているようです。しかも、アレックスの義理の母親になったという女の人の話は、どこかフィンレイの行方不明の母親と似通っているのです。吃音で思うように言葉を伝えられない、母親のことで心に鬱屈を抱えた少年が、言葉を自在に積み重ねていくスクラブルのゲームで自分を解放していく児童文学的展開を軸に、ミステリーのような謎解きとサスペンス、グッとくる友情や、繊細な気持ちの揺れなど、色々な要素が縦横に絡み合って展開する実に見事な作品です。痛みをはらんだ幸福な結末もまた良いなと思えます。

友だちのいないナイーブな少年が、ふとしたきっかけで個性的な少女と出会い友だちになる、というのはヤングアダルト作品の黄金パターンです。密かな決意を隠しもった、、人とは群れない孤高の少女が、友だちもいない主人公とだけは何故か親しくしてくれるのは、その心に輝いているものを彼女が見抜いているからです。この物語でも、主人公の少年フィンレイはマリアムというヘッドスカーフ(ヒジャブ)を被ったパキスタンからの移民の少女と親しくなります。先生から図書室で活動するスクラブルのクラブに誘われたフィンレイは、自分の国でスクラブル大会の代表選手だったというマリアムのコーチを受けることになります。ロンドンの爆破テロ以降、イスラム教徒を忌み嫌う生徒もおり、差別を受けることもあるマリアム。痛みを知る二人は少しずつ心の距離を近づけていきます。出ていってしまった母親の行方と父親の不自然な態度、オンラインゲームで知りあったアレックスの秘密めいた言葉、マリアムとフィンレイを執拗に虐めるオリヴァー。そして、フィンレイとマリアムに芽生える友情。スクラブルの大会の学校代表となったフィンレイはマリアムから正攻法だけではない戦術を学んでいきます。大会に出て良い成績をとればどこかで母親の目に留まるかも知れないという期待。それを邪魔だてしようとするオリヴァー。そんな物語の縦軸に割り込んでくる意外な横軸。中盤以降、息を呑むような展開が待っています、そして、広げた風呂敷がちゃんと畳まれ、色々な要素が見事に収束するラストに感嘆してしまうのは、ミステリー要素の面白さもありながら、児童文学として友愛と成長の物語を見せてくれるからなのだと思います。

この物語の中では児童文学作品でよく見かける光景とたくさん出会えます。色々な物語のいいとこどりです。吃音の少年をコーチングする孤高の少女といえば『僕は上手にしゃべれない』が思いだされます。ロンドンの爆破テロ以降の状況で、イスラム教徒の少女と親しくなるお話といえば『さよなら、スパイダーマン』だろうし、いなくなった母親に見つけてもらいたいからオーディションに出るという展開もちょっと被っています。オンラインで知り合った人との怖い話となると『秘密のチャットルーム』のような手紙やメールものの魅力もあります。母親が出ていってしまった少年の寂しさを描いた作品は色々と思い出されるのですが、やはり『ザッカリー・ヴィーバーが町にきた日』が想起されるかなと。要はヤングアダルト作品の粋を集めた結晶のような作品なのです。スクラブルについては『ウソつきとスパイ』でも小道具として登場して重要な役割を果たしますが、この物語では細かいルール解説やゲームの面白さを詳しく知ることができました。単語を沢山知っていることが勝負の分かれ目のようですね。フィンレイは、スーパーカリフラジリックエクスピアリドーシャスよりも長い単語があることを知っているツワモノなのです。ともかく面白い作品でした。