出 版 社: 小学館 著 者: メアリ・ホフマン 翻 訳 者: 乾侑美子 発 行 年: 2003年12月 |
< ストラヴァガンザ 仮面の都 紹介と感想 >
第一部「仮面の都」が501ページ、第二部「星の都」が701ページ、第三部「花の都」が733ページと、巻を重ねるごとに分厚くなっていく長編ファンタジー「ストラヴァガンザ」シリーズ三部作です。本の重さもなんのその、一気に読みましたが、実に面白かったです。読み応えのある充実した出来映えでした。卓越した世界観。時間や空間を超越する仕掛け。魅力的なキャラクターたちと、その関係性。主人公たち少年少女の成長。そして、生と死と運命。そうした要素がたっぷりと入っていて、夢中になって楽しめるシリーズ。惜しむらくは、第三部の最後がやや尻つぼみで、スケール感が小さくなってしまうのが残念というか。結局、どうにもならないことをどう収拾するかには、明確な答えはないのだよな、と感慨深く思うところで終わってしまいました。とはいうものの、面白さは確実です。まだまだ読み損ねているシリーズものがあるなあ、と嬉しくなりますね。
二十一世紀のロンドンに住む少年ルシアンは、脳にできた悪性腫瘍に侵されて病床に伏していました。化学治療の副作用に苦しめられ、気分の優れない毎日。そんなある日、父親から一冊の手帳をもらいます。その手帳には、ルシアンが握りしめて眠ることで、その間だけ異世界に存在することのできる不思議な力がありました。ルシアンが眠っている間に入りこんだのは「ベレッツァ」という名前の水路に囲まれた都市。そこはルシアンが知っているイタリアのベネツィアとそっくりでいながら、微妙に違っている場所でした。国名もイタリアではなく、「タリア」であり、時代は十六世紀なのです。イギリスは、この世界ではアングリアと呼ばれているよう(ちなみに、運河にはゴンドラではなく、マンドラという乗り物が運行しています)。わけのわからないまま、パジャマ姿でベレッツァに迷い込んだものの、この世界では不思議と体調は良く、自分が病気であることも意識しなくて済むことに気づいたルシアン。しかし、この世界でのルシアンには「影」がありません。どうやら、自分はここでは虚像に過ぎない存在のようです。現世界と異世界。二つの世界を行き来する能力。これこそが異世界跳躍「ストラヴァガント」でした(ストラヴァガントの名詞形がストラヴァガンザ、だったかな)。ベレンツァでルシアンを保護してくれた年配の紳士ロドルフォは、ルシアンをこの世界にストラヴァガントさせた張本人でした。政治家でもあるロドルフォに師事して、一緒にストラヴァガント術を研究しながら、ルシアンはこの世界の人たちと交流を深め、ストラヴァガントを使いこなしていきます。美しい仮面の女性元首ドゥチェッサに治められたこの水の都は、有力者たちの権力闘争と政治的謀略が渦巻く世界。この魅力的な都市にどんどんと惹かれながらも、ロンドンで眠っている夜の時間がベレッツァで活動する昼の時間であるため、ルシアンは不眠状態で体力を削っていきます。しかも二つの世界の時間の進み方には微妙な差違が存在します。さらには護符である手帳を失くしたら、もうひとつの世界に行くことも、戻ることもできなくなってしまうという危険もある。場所と時間が限定された制約条件下で、数々のピンチにさらされながら冒険するルシアン。そして、二十一世紀のロンドンで病に苛まれた少年には生命の危機も迫っています。果たして、ルシアンの行く末はいかに・・・。
第一部の「仮面の都」だけでもかなり入り組んだ話なのですが、第二部、第三部と、新しい主人公たちと登場人物を増やしながら、物語は発展していきます。十六世紀のイタリアをイメージしたパラレルワールドの物語は、現実の事象をほうふつとさせる歴史ファンタジーでもあります。また、ファンタジーの常套として、異世界に入り込むことになる「現世界の子どもたち」は、だいたいリアルな苦悩を抱えています。ままならない現実に押しつぶされそうな日々から、一気に飛躍して、もう一つの世界で解放され、そしてそこで困難を越えて成長していく。二つの世界を行き来することの意味。自分がなぜストラヴァガンザになることになったのか。その運命は恍惚とさせられるものであり、同時に多くの痛みも孕んでいます。時として、自分の「本来の世界」に別れを告げなければならないこともある。華やいだ豊かな文化を持つ十六世紀のタリアにも、権力者たちの渦巻く思惑や、小市民たちの生きるための闘いがあります。政治的な要請のために、時として意に沿わぬ生き方を選らばなければならないこともあります。十六世紀に暮らす人々と、二十一世紀の少年少女が心を通わせ合うあたりも麗しく、また、揺れる恋心もまたビビットに描かれていて、ファンタジーの仕掛けの面白さだけでない要素もたっぷり入った魅力的な物語に仕上がっています。お時間がありましたら、是非、一気に読んでいただきたい三部作です。