出 版 社: 講談社 著 者: 梨屋アリエ 発 行 年: 2007年09月 |
< スリースターズ 紹介と感想 >
有名ファミリーレストランチェーンの社長の一人娘である弥生は中学二年生。儲けることばかりに懸命な両親から、関心を持たれずに育った弥生は、ささくれだった心を充たすために、小さな問題行動を起こしては、より両親との溝を作っていました。目下の興味は自分の運営するブログ「死体写真館」に、本物の死体写真を載せること。葬儀場に紛れ込み、遺族のふりをして出棺前の知らない老人の遺体写真を盗み撮る。しかし、思うような反響が得られず、物足りなさを感じていました。ある日、いつものように不特定多数のメル友に適当な嘘をばらまいていた弥生が、ネット上で目を止めたのは愛弓のアドレス。この出会いをきっかけに、もっと凄いものをブログに載せるプランが彼女の頭に閃きます。元親友の意地悪で、ネット上に恥ずかしい写真とメールアドレスをさらされていた中学三年生の愛弓。恋愛だけが生き甲斐で、男にだらしなく、元親友の怨みをかったのも男がらみのトラブル。非合法なことも辞さない、いい加減でダメな両親にネグレクトされ、食べるものにも困り、売春でしのいでいる愛弓は、そんな自分自身に失意を抱いていました。メールを通じて連絡をくれた弥生が、ごちそうしてくれたり、親切にしてくれることに感謝しますが、弥生の心中に恐ろしい計画が潜んでいることには気づきません。そして、もう一人のあい寄る孤独な魂が、ネットで弥生の網に掛かります。中学三年生の水晶(きらら)。集まった三人は、ある目的のために、スリースターズと名乗り、誓いを立てます。それは、この腐った世の中に風穴を開けるための恐ろしい計画を実行するためだったのです。
私立のお嬢様学校に通う水晶は、両親や親族からの重すぎるプレッシャーの中、分単位での行動を課されていました。すべては親の期待に沿うような人間になるため。大学で研究職を続ける母と高級官僚の父が、不妊治療の果てに、ようやく生まれた水晶。勉強をがんばり、お稽古ごとをがんばり、親が望むような立派な人間になれるよう、努力し続ける日々。ただ、そんな真面目すぎる水晶のがんばりは、学校で同級生たちと不協和音を生むことになります。プライドが高い水晶は、折れるべきところで折れることができず、融通もきかない。同級生たちの態度を軽くいなすこともできないまま、意地を張り、親の意向とも衝突せざるをえなくなって、八方ふさがりの閉塞状況にいます。水晶のブログでの絶望的な独白に反応してきたのが、弥生でした。こうして、弥生は二人の自殺候補者を手中に収めます。親が失踪したままの愛弓の家に集まった三人は、七輪を使った練炭自殺を考えていましたが、ちょっとした手違いから、方向性の転換が図られることになります。手製爆弾による自爆テロ。学校の教室を吹き飛ばし、この閉塞状況を打開する。自分たちをおいつめたこの世界への復讐。きたるべきXデーのために身をひそめ、爆弾を調達しようとする弥生。しかし、弥生の心にあるのは、ただ自分をリスペクトして欲しいという、心の渇望だけなのです。自分だけは本当の名前を明かさず、他の二人を手玉にとろうとしている弥生。明晰な水晶は次第に弥生の心にあるものに気づきはじめます。果たして、テロは実行されるのか。そして、三人それぞれの絡み合った心はどのように解かれていくのでしょうか。
大人の不在。母親はいるけれど、絵本やドラマに出てくるような、「ちゃんとしたお母さん」はいない。大人は自分の欲望で子どもの気持ちを考えずに利用しているだけ。中年男にお金で買われている愛弓も、親のお人形になっている水晶も、大人のされるがままに生きています。こうなりたいと思えるような理想の大人が存在しない世界。そして、子どもたちもイラついては心の棘で他人を突きさす存在として描かれます。信用のおける友人関係性なんてない魂の荒野。それぞれに心の渇望はある。満たされない気持ちを持てあましながら、どうやって人と手をつないだらいいのかわからない。大人からはぐれた心のみなしごである子どもたちが、手をつなぎ合う姿が描かれる児童文学の現在系ですが、そのつながりさえも危うく脆いのだと、この物語は教えてくれます。逆に言えば、この作品は、子どもたちに、つながるための気づきを与える多くの示唆に富んだものであり、水晶の気づきによって、世界がにわかに広がることが物語の救いになっています。デフォルトでダークサイドに置かれた子どもが、豊かに生きられる方法とはなにか。この大人不在のサバイバルに震撼させられます。