出 版 社: 徳間書店 著 者: K.L.ゴーイング 翻 訳 者: 浅尾敦則 発 行 年: 2007年03月 |
< ビッグTと呼んでくれ 紹介と感想 >
「デブ」という属性。トロイの場合、この属性が自分の主体性になりつつありました。なにせ185cmで135キロともなると、相当な巨漢であり、この「凄いデブという状態」を抜きには、自分の個性を考えられなくなってしまったのです。ただでさえ多感な高校生・男子ともなれば、自意識過剰に拍車がかかって、もはや肉体的にも精神的にも身動きがとれない状態。明るいハイスクールライフなんて一切、考えられない毎日。ハフハフと荒い息をついて大汗ばかりかいて、お尻がやけにデカく見えるズボンにお腹の部分の伸びきったTシャツを着た僕を、皆んなが笑っている、いや、いつも笑いモノにされているのだ、と思い込みも強くなる一方。ダイエットの試みはことごとく失敗。周囲の人間と打ち解けられず、孤独のうちにダメ人間として自分を再認識していく日々。ついには絶望のあまり、自殺までのカウントダウンを自分で刻み始めてしまいます。さて地下鉄に飛び込もうとしていたトロイを止めてくれたのは、汚い身なりをした、やせっぽちのホームレス風の少年でした。彼の名はカート。トロイと同じ学校の先輩で、地元のライブハウスで活躍しているパンクロッカーで天才的なギターリスト。いつかプロの声がかかる、と言われているほどの才能を持った学校内有名人。口が悪く、やさぐれたカートは粗暴な自信家で、厭世的な破滅屋。「世の中なんてクソだ」と言う、ライフスタイルからしてパンクな少年は、家に帰らず、地下鉄駅内に寝泊まりする暮らしを続けています。助けたことをダシに食事をたかるカートにトロイは戸惑うばかり。さて、トロイとカート、個性の極端に違う少年二人の出会いから始まる物語は、どんな結末を迎えるのか。ドロまみれ、ゲロまみれになりながら、痛々しくも成長していく少年たち。友情の物語、なんて言葉にすると陳腐になってしまいがちだけれど、とても大切な関係が、力強くガッチリと描かれていく手ごたえのある作品です。
それにしてもネガティブ。トロイは実に後ろ向きな考え方に沈んでいます。こんな自分は何をやってもだめだ、という前提で世界と向き合っています。トロイの個性に注目したカートに、一緒にバンドを組もうと言われても、ドラムを叩ける自信なんかない。どうせ何をやってもダメなんだ。ステージでも笑いモノにさせられるだけなんだ。自虐症状は進むばかり。カートは、そんなお前だからこそできるんだとトロイを励まします。才能があって、人気者なのに、どこか壊れているカート。親の住む家にも帰れない事情があるようだし、合法ドラッグの依存症にもなっている。ホームレスまがいの生活をして、まるで自分の寿命を縮めていくような暮らしぶり。トロイは自分が他人に「ノー」を突きつけられることを恐れ、ただそのことに縛られて、カートもまたそうした気持ちを抱えていることに気づいていません。「おれが助けてやったんだからな」と言うカート。でも救いの手をさしのべられなくてはならなかった子どもは、トロイだけではなかったのです。人は時に虚勢で自分を支えていくこともあります。生き難い世界と立ち向かうために、不自然な心の姿勢でバランスをとらなければならない時もある。かたよった二人がぶつかり合い、スパークし、火花を散らしていきます。そんな二人を、大きく広い心で見守る元海兵隊員のトロイの父親が、実に頼もしくて素敵です。トロイのマイナス視点から捉えられた世界から物語はスタートしながら、いや世の中には意外と好意なんてものもあるんだぜ、とトロイ自身が、この世界を擁護することになる結末は、実に「クール」で格好良い。気持ちが沈みがちな方に、お薦めできる一冊です。
コンプレックスは、人を強くするかどうか。やはりマイナスにしか作用しない時もありますね。僕自身、トロイのように、自意識過剰で身動きがとれなかった時期があったのでそう思います。本来は自分の属性にすぎないはずのものが、自分の本質のように思えてしまう。社会的にはあまり意味がなくても、自分ならではの「感じ方」や、自分にしかできない「表現」、そんな自分のオリジナルに少しでも自信が持てるようになれば、少し呼吸が楽になるんじゃないのか。いろいろなものの見方や、人生経験を積むと、世の中の見え方は違ってくるものです。なかなか物語のように急速な心の変化を得られることは少ないとは思うのですが、今日の一冊が何年後かの自分の考え方を変えることには役立つかも知れない。もし今、かんじがらめで出口が見えないと思っている子どもたちに、即効性はないけれど、こうした作品が心に少しずつ浸透していていって、灰色にしか見えない世界にいつかカラーを見つけられたらいいのだけれど。