ピーティ

Petey.

出 版 社: 鈴木出版 

著     者: ベン・マイケルセン

翻 訳 者: 千葉茂樹

発 行 年: 2010年05月


ピーティ  紹介と感想 >
身体のゆがんだ気味の悪い年寄り。8年生の少年、トレバーがピーティに初めて会った時、感じた印象はそれでした。身体がねじれたまま、意味不明の奇声をあげている。介護センターに入居しているそんな老人を見て、トレバーは当然のことながら怖じ気づきます。ところが、ちょっとしたきっかけでピーティに近づくことになったトレバーは、次第に、ピーティという人間のことを理解しはじめます。あの奇声には意味がある。ピーティが言葉こそしゃべられないものの、知性を持つ豊かな人だということに気づいていくのです。介護センターの職員が言う「(ピーティは)自分の人生を、信じられないほどの感謝の思いで受け止めているの」という言葉の驚き。生まれながらの障がいのために、思っていることのほとんどを人に伝えることができず、自由に動き回ることができなかったピーティ。その一生を施設と介護センターの中だけで送ってきたピーティ。それでも、ピーティは笑い、人生を楽しむことができる。ピーティと友人となったトレバーは一緒に魚釣りに繰り出したり、買い物にショッピングセンターに出かけたりもします。ピーティと一緒にいることで、トレバーもまた楽しい時間を過ごし、幸福になっていきます。トレバーはピーティが持っていた写真から、かつて彼に友だちがいたことを知ります。以前に施設で一緒に過ごしていた友だちは、今、どこにいるのか。トレバーはピーティを友だちに会わせてあげようと調査を開始するのですが・・・。

希望あふれる第二部の要約から物語の紹介を始めてみました。とはいえ、物語には、まず第一部ありきなのです。訳者の千葉茂樹さんは、この作品の第一部を読みながら、とても辛くて、本にすることができないのではないかと思われた、とあとがきに書かれています。確かに読むのも辛いのですが、この第一部を踏まえてこその本書なのです。第一部はトレバー少年が生まれるずっと昔の出来事。1922年に、わずか二歳のピーティが、困窮した両親から施設に預けられるところから始まります。脳性マヒで身体のねじれたピーティは、知的障がいも負っており、考える力もないだろうと判断されていました。ところがそれは誤解で、ピーティには、ちゃんとした知性と、物ごとを感じ取れる感性があったのです。言葉を話せず、唸ることしかできないため、介護士たちにもピーティの真意は理解されません。時には介護士にぞんざいに扱われながら、それでもピーティの奥には、ひそかに目覚めていくものがありました。同じ施設に入れられた、軽い知的障がいを持つカルビンと親しくなったことでピーティの世界は変わっていきます。自分の言葉を丹念に聞き取り、辛抱強く意志を確認してくれる友人の存在。それによって、ピーティは世界を獲得していきます。介護人の中にも、時折、ピーティの心に知性の光があることを見抜き、心を通わせてくれる人もありました。しかし、束の間の楽しい日々は続くものの、何年かすると介護人たちは辞めていき、また新しい人へと入れ替っていく。時代は移り変わり、数十年の日々が経過していきます。やがて別の施設に転居したカルビンとも離れ離れになってしまいます。多くの別れの中で、ピーティの心の中には言いようのない寂しさが募ります。でも、彼がそんなことを感じているなんて、誰にも気づかれはしないのです・・・。

まずはアウトラインとして、脳性マヒの患者が、知的障がいと混同されてきた歴史が横たわっています。脳性小児マヒだった箙田鶴子(えびらたずこ)さんが綴られた『神への告発』という本の中にも、彼女が、その見かけから精神病院に収容させられるくだりがあったのを思い出しました。それぞれの病状に対する正しい理解がない時代であったために、同一の施設に入れられ、受ける介護も同質のものになる。精神に障がいがある人しか周囲にいない状況の中で孤独を感じるものの、脳性マヒのために普通に言葉を発することができない彼女は、自分の感受性を伝えるすべもない。これは過去に多くあった事例のようです。この『ピーティ』という物語は、未発達な医療の落ち度を告発したり、不幸な歴史を検証するものでもありません。そうした中にあっても、人間としての輝きを失わなかったピーティという人物の一生への畏敬があるのです。誰しもが公平ではなく、生まれながらに多くのハンディを背負っている場合もあります。それでも、自分に与えられたものの中から、人は幸福を感じとることはできる?。トレバーが出会ったピーティという奇跡。そして、その老人が過ごしてきた一生を少年が見つめ、一緒に現在を楽しく過ごそうとする姿と、ピーティのための祈りや願いに、かなり、これは、かなり、心を動かされます。是非、心を決めて、ご一読願いたい作品です。

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