出 版 社: 河出書房新社 著 者: デイヴィッド・アーモンド 翻 訳 者: 金原瑞人 発 行 年: 2003年06月 |
< ヘヴンアイズ 紹介と感想 >
陽光が降りそそぐ明るい世界の中では気づかれないような微かな光があります。闇の世界を描く作品に惹かれるのは、漆黒の暗闇の底に、そんな光を見つけられるからかも知れません。闇の世界から抜け出すことへの希望を抱きながらも、ここでしか輝くことのできない光を惜しみたいという気持ち。この物語に登場するヘヴンアイズは、どんな闇の中にも天国(ヘヴン)を見つけ出すことができる目(アイズ)を持った少女です。しかもその両手には水かきがついている、となると何者なのかという感じですが、彼女自身が暗闇の中の微かな光でもあるのです。歌うように話をする、天真爛漫なヘヴンアイズの魅力。まずは一歩、彼女の住む、あの不思議な闇の世界に足を踏み入れてみましょう。
孤児院に暮らす三人の子どもたち。エリンとジャニュアリーとマウス。孤児院が描かれていても、大時代の物語のように厳しい教護官に鞭をふるわれることはありませんが、現代的な拘束は彼らをもう少し切ない目にあわせています。心に傷のある可哀相な子どもとして扱われ、愛情と心の治療のメニューをふるまわれるのは、やはり辟易してしまうものです。子どもたちは、この度もまた、ささやかな反抗を試みました。孤児院を抜け出し、一艘の筏で川を下り、いきつくところまで逃げ落ちようとしたものの、途中、流れに流され、とある岸辺に到達します。そこはかつての工場跡地で、今は廃墟となっている、世の中から隔絶された「闇の世界」。その岸辺の泥沼にはまり身動きがとれなくなった三人を救ったのはヘヴンアイズと名乗る少女でした。誰も足を踏み入れない廃墟に、頭の少しおかしいグランパという老人と二人で暮らしている少女ヘヴンアイズ。ボロボロになった警備員服を身にまとったグランパは一体、何者で、ここで何をしているのか。孤児たち三人は、ここから抜け出す算段を考えながら、この二人と一緒に暮らしはじめます。無垢で、人を疑うことを知らないヘヴンアイズ。グランパを一身に愛して、美しくも可愛らしい言葉を語り続ける彼女との関わりの中で、三人の孤児たちの閉ざされた心にも、少しだけ、光がさしこんでいきます。子どもたちの繊細な感情のリアリティと、幻想的な闇の世界の不条理が交差する、鮮烈なイメージの作品です。
実は、この物語については、未だにどう考えたら良いのかわからない部分が多いのですが、訳者があとがきでGマルケスの短編とのイメージをオーバーラップしてくれたおかげで、解釈の手がかりを与えてもらったような気もします(そういえば、この作者の『肩胛骨は翼のなごり』もマルケスの短編が想起されたのですが、どこか通じるところがありのかも知れません)。『ヘヴンアイズ』に描かれる廃墟に暮らすグランパは、この滅んだ町の最後の住人なのか。どういう事情でこの町に残り、ヘヴンアイズを守り育てているのか。疑問符ばかりの謎の多い物語です。この世の果てのような廃墟と、彼岸の世界につながる入り口のような泥沼(ブラックミドゥン)のイメージが、この物語の幻惑感を加速させていきます。想像で補わなくてはならない部分も多いのですが、本編で語られない余白に沢山の想像を繰り広げられる、そんな物語の楽しみもあります。