世界を7で数えたら

Counting by 7s.

出 版 社: 小学館

著     者: ホリー・ゴールドバーグ・スローン

翻 訳 者: 三辺律子

発 行 年: 2016年08月


世界を7で数えたら  紹介と感想 >
どんなに優れた頭脳の持ち主であろうと、十二歳の子どもには、自分の意思だけで決められないことがあります。天才であることよりも、子どもであることの方が目に見える特徴であって、それが、すなわちウィローの社会的な立ち位置なのです。そもそも天才であることは、ほぼ役に立ちません。とりわけ突然の交通事故で最愛の両親を亡くした子どもにとって、知性や論理的思考力など何になるのか。ここは感情のままに哀しみ続けるしかないし、それでも、行動しなければ福祉の名の下に自由を失ってしまうという困った状況に彼女は置かれていました。高機能な頭脳に釣り合いをとるかのように、ウィローは他人とのごく普通のコミュニケーションが難しい子どもです。特定の数字(7)にこだわりがあったり、皮膚の病気に異様な関心があったり、衛生観念がやや先鋭化していたり、まあ、変わった子なのです。つい「本当のこと」を口にしてしまったり、才気を発揮しすぎるので、トラブルを起こしがちだし、学校でうまくやる、なんて能力には欠けています。明示されてはいませんが、自閉症スペクトラムのどこかに位置づけられる症例なのかも知れません。そんなウィローに珍しくできた友だちは、二歳年上のべトナム系の高校生マイでした。二人が出会ったのは、同じ学区の問題のある生徒がカウンセリングを受けさせられるトレイラーハウス。問題児である兄クアン・ハに付き添ってここにきていたマイが、カウンセラーのデルを叱りつけているところをウィローが「発見」したのです。そんな友だちができた矢先に、ウィローは両親を失います。ウィローを支えてくれたのは、マイをはじめとして不思議なつながりで彼女に関わることになった人たちです。独自のスタンスでこの世界と渡りあっている女の子ウィローが、自分の居場所を見つけるまでの、実にユニークな物語です。

なんといっても注目は、デル・デュークという、この学区のカウンセラーの男性です。端的に言うと「ダメな中年男」です。悪人でも意地悪な人でもなく、ただ、ダメというのがポイントです。要は、適当で、いい加減で、その場しのぎで、だらしなく、仕事に熱意もないが、なんとかごまかしながらやっている、という人物なのです。そもそもカウンセラーの職を得たのだって、まっとうな方法ではありません。そんな彼がウィローと面談をすることになったのは、テストで満点をとったという理由で彼女がカンニングを疑われたためです。基本、子どもたちが言うことを雑に受け流して、自分なりの分類でケースを特定してしまうのがデルのやり方でしたが、さすがにウィローとのやりとりの中で、彼女の「天才」を実感することになります。だからといって、何をするわけでもないのがデルなのですが、ウィローの両親が亡くなるに及んで、色々と巻き込まれていくことになります。こうして自分のペースで、一人だらしなく人生を送ってきた男性の生活に、他人との関わり合いが生まれます。特に、モノを一杯ため込んだ彼のマンションの部屋が、ウィローのために「開け放たれる」場面は象徴的でした。いや、これは片付けられないタイプの人には実に痛い場面かと思うのですが、是非、苦笑してやり過ごして欲しいところです。まったく冴えていないことしかできない彼ですが、時にその調子はずれなやり方が、大いなる優しさを発揮したりして、実に憎めないのです。そんな彼がウィローのために、奔走するようになる物語の展開は魅力にあふれています。ウィローと関わることで、登場人物たちそれぞれの人生に変化が兆していきます。それは、ゆっくりと気まずい感じで始まって、ラストにスパートしてスパークするあたりも爽快です。

登場人物たちの視点の切り替わりや、エピソードのインサート、さりげないユーモアなどが実に映画的です。作者は映画監督、脚本家で、この作品も映画化決定だそうです。映画に出てきたダメな中年男と賢明な女の子の関係性というと、世代的に『がんばれベアーズ』が思い浮かびますが、テータム・オニールつながりで『ペーパー・ムーン』もあったな、なんて思い出していました。大人になったからといって、全ての人がちゃんとしているわけじゃないし、欠けたところがあるのは当然です。ダメと呼ぶかどうかは程度の差かも知れません。ウィローは才能を与えられた子ですが、世間とズレているところも多い子です。そして、彼女のことを人が愛おしく思うようになるのは、その優れた点であるとは限らないのです。ダメだからこそ、人と補い合える可能性もある。まあ、欠点が多いほど、人は自分に閉じこもって心を開かなくなるものですけれど、それでも物語は理想を語っても良いのだと思うのです。他人同士が疑似家族になっていくプロセスは、やはり物語の精華の一つであるなと思いました。実に素敵なお話ですよ。