ペニー・フロム・ヘブン

Penny from heaven.

出 版 社: ほるぷ出版

著     者: ジェニファー・L.ホルム

翻 訳 者: もりうちすみこ

発 行 年: 2008年07月


ペニー・フロム・ヘブン  紹介と感想 >
装画がとてもいい。1950年代初頭、アメリカのニュージャージー州。青空の下、郊外の牧歌的な風景の中に、左手に野球のグラブをはめた女の子が佇んでいる。キャッチボールの相棒は裏表紙にいて、ここからは見えません。女の子の名前はバーバラ。でもみんなは「ペニー」と愛称で彼女のことを呼びます。ペニーのお父さんがビングクロスビーの歌った『ペニー・フロム・ヘブン』という曲を好きだったからだとペニーは聞いています。十一歳から十二歳へ。これもまた、女の子が成長するひと夏の物語。装画よりも印象としては少し幼い感じですね。家族と父方の親族たちに、とても大切にされてペニーは育ちました。父方の親族はイタリア系で、ファミリーの結束が強いのです。ペニーにはたくさんのおじさんがいて、ペニーをとても可愛がってくれます。それはペニーのパパであるフレディが、今はファミリーから失われているからかもしれません。新聞記者だったパパは、ペニーが赤ん坊の頃に死んでいました。今はママとママの両親と一緒に暮らしていますが、楽しいのは、やっぱり近くに住んでいるパパの親族のところに遊びに行くこと。遊び仲間である二つ年上の従兄のフランキーもいるし、ワイワイとにぎやかだし、イタリア料理も美味しい。でも、なんと言ってもパパの話が聞けるのが嬉しい。ママはペニーのことを大事に思っていてくれるけれど、ちょっと過保護すぎて自由がないのです。何故か家ではパパの話をしてもらえないし、このところママはパパのことを忘れて、別の男の人とおつきあいしようとしているみたいなのです。スタンダードなヤングアダルト作品という印象ですが、充実した完成度の高い物語です。2007年度のニューベリー賞オナー受賞作。さわやかで、ちょっと痛みをはらんだ、読みごたえのある一冊です。

ペニーの父方の親族は、イタリア系移民。ペニーのパパのフレディは兄弟の長兄でイタリアで生まれたけれど、他の叔父さんたちは、皆、アメリカで生まれました。パパのお母さんであるおばあちゃんは、未だにほとんど英語がしゃべれないし、息子のお嫁さんたちとはうまくいかないこともある。イタリアは第一次大戦の時にはアメリカの味方だったのに、第二次大戦では敵国になってしまい、そのことで、アメリカに住む、パパの親族は、随分と辛い思いをしたらしい。そして、そのことが、ペニーには教えてもらえないパパの死の真相にも関わっているようなのです。元野球選手だったドミニク叔父さんが、家があるのに車に寝泊りをして、他の叔父さんの仕事をちょっと手伝っているだけで普通の大人のように暮らしていないのも、なにか理由があるよう。ペニーとしては、ドミニク叔父さんと、お母さんが結婚してくれたらいいと思うのだけれど、叔父さんは絶対にダメだという。明るく優しい人たちも色々な秘密を抱えていて、それは、ペニーにとっては、晴天の霹靂のような事実だったりします。ついに、秘密の箱が開けられてしまう季節がやってくる。それを、ペニーはどう乗り越えていくのか。これはとても哀しい歴史上の出来事を踏まえた話なのだけれど、けっして悲しい物語になっていないのは、周囲の大人たちのペニーに注ぐ愛情の豊かさ故かも知れません。色々と行き違いはあってもめることもあるのだけれど、ラブを持った人たちの物語は、読んでいて心地良いのです。是非、この物語の登場人物たちと出会って欲しい、そんな気持ちにさせられる作品です。

物語の中でのエピソードのひとつとして、日本語の訓練を受けた米国軍人が日本人捕虜を尋問し、そこから得られた情報が、長崎の原爆投下につながった、という話が出てきます。結果的に大量殺戮につながる軍事行為に関わってしまった、この軍人の心の痛みと、やるせなさ。他にも、戦時中に自分の不注意から人を死に至らしめてしまった強い自責の念も描かれます。戦争というものがなければ、誰かを死なせることはなかったし、個人の責任ではないはずなのに、無辜な庶民が大局の中でそうした目に遭遇してしまい、心を病むことになる。シンシア・カドハタの『草花とよばれた少女』は、アメリカの日本人移民の戦時中の強制収容所での生活を描いた作品でしたが、こうしたアメリカの中のマイノリティである「適性外国人」に光を当てる児童文学が少なからず登場している昨今のようです。どこの国の人間かということを問わず、それぞれの立場で翻弄された苦しみや痛みはあって、戦争という大局が、等しく庶民を不幸にした状況が語られます。イタリア系移民の悲劇が描かれる一方で、彼らの、戦後を生き抜いていく明るいバイタリティもまた素敵です。新しい世界を生きているペニーの目を通して描かれる日々は光に満ちていて、ささやかな庶民の営みこそがいとおしく思えます。ペニーは、色々な意味でちょっと痛い目に合いますが、そのことで知りえたことはとても多く、痛みを乗り越えていく彼女の成長の歓びを読者もまた実感できます。そして、野球。「素晴らしきアメリカ野球」。ラジオ中継に耳を傾けて、英雄的プレイヤーや、ひいきのチームを思いっきり応援する、そんな夏休みの日々。いくつかの悲しみがありながらも、雨の後には、青空があらわれます。古き良き時代の陽光は燦燦とさして、温かい気持ちを運んでくれる、そんなハッピーな物語なのです。

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