ハジメテヒラク

出 版 社: 講談社

著     者: こまつあやこ

発 行 年: 2020年08月

ハジメテヒラク  紹介と感想>

おそらく、現在の「実況中継」の一つのスタイルを作ったのは古舘伊知郎さんです。本書は「実況中継」をすることで自己回復する女の子が主人公というユニークな物語なのですが、「おーっと」で始まり、沢山の突飛な比喩を交えたり、憶測をドラマティックに語る実況スタイルは、古舘さんがプロレス中継で築いたものです。現在、実況というと、このスタイルが想起されるものかも知れません。ラジオはともかく、映像に対して実況が必要なのかは、バリアフリー観点を除くとよく分からないというのが、僕の現在の所感です。子どもの頃はああした実況が楽しかったのですが、実況によってミスリードされることもあるのではないか、などと考え始めると複雑な気持ちになります。的確で美しく流れるような言葉の旋律で、目の前に情景を浮かび上がらせる、わけではなく、目の前の情景に解釈を与えられてしまうような実況。翻って、実況する側はそこが芸の見せどころであり、聴視者に目の前で起きていることの真相や深層を感じとらせることもできるわけです。さて、中学一年生の主人公は、なぜ、実況中継をすることになったのか。これが放送部の子だったら納得するところですが、彼女が入部したのは生け花部なのです。さて、生け花×実況中継という異次元の掛け算は、児童文学に何をもたらしたのか。2021年、第54回日本児童文学者協会新人賞受賞作です。

出席番号三十三番、綿野あみ。彼女が実況する朝の学校風景から物語は始まります。中学受験をして、私立の中高一貫校である湖真学園に通うことになった、あみ。小学五年生の時に、友だちの好きな人に、友だちに代わって勝手に告白するという大罪を犯してしまったことで、周囲から無視される小学校生活を送った彼女の教訓は、人の恋愛には首をつっこまないということでした。良かれと思って応援したつもりが、最悪の結果を生むことを、身をもって、あみは体験したのです。教室の風景を見たくないとさえ思いつめていた、あみに、当時大学生だった従姉の早月がくれたアドバイスは、クラスの輪から外れた自分を実況したらどうかという珍奇なアイデアでした。居場所がないのなら、そこに居場所を作ればいい。脳内実況中継にハマったあみは、なんとか小学校生活を乗り切り、無事、中学に進学したのです。とはいえ、脳内実況は鳴り止まないのは、これが楽しくなってきたからか、はたまた不安がよぎったからなのか。中学で仲良くなった友だちに一緒にバスケ部のマネージャーにならないかと誘われたものの、それもまた友だちの片想い案件につきあうことになるという地獄道の予感。厳しい先生に怒られているところを、偶然、助けてもらった高等部の生徒会副会長に誘われて、二つ返事で存続の危機を迎えているという生け花部に入部することにしたのは、トラブルを避けたかったからです。こうして生け花部という、まったく興味のない世界に足を踏み込んだ、あみは、まとまりのない部活メンバーに驚きながらも、生け花の興味深い世界を学んでいきます。小学校時代のトラウマから人と関わることに恐怖を感じているあみは、脳内実況を続けながら生け花部の個性的な仲間たちと過ごしていく中で、その関係を深めていきます。そんな彼女に声を出して実況する機会が巡ってきました。文化祭で、生け花ショーを行い、それを実況中継する。そんなアイデアを自ら出してしまったのは、またも人の片思いを応援したくなったからという懲りない、あみ。いや、今度の応援方法は一味違うはずです。迷う気持ちも、戸惑う気持ちも、言葉にしたとたんに胸が晴れる。誰かを応援したい気持ちを全開にして実況する文化祭のショーのステージまで、爽やかな物語は駆け抜けていきます。

ジョウロ部長こと、生徒会副会長で生け花部部長の城先輩は高校二年生。あみを部活に誘った彼が、胸に秘めていた思いに、あみは気づきます。同じ部活の、美容師を目指すカオ先輩や、ベトナム出身で人前で言葉を話すことに抵抗がある同学年のマイ。仲間たちの生け花を実況することで、それぞれの思いを応援したいという気持ちを、あみは募らせていきます。実況するには、人を知らなければならず、仲間たちの色々な側面を、あみは観察していきます。『一本一本の枝をよく観察して、その枝の良さを引き出そうとする生け花。人と人をよく観察して、その人の魅力を伝えようとする実況』。生け花と実況が、あみの頭の中で完全にクロスした時、生け花ショー『ハジメテヒラク』が始まります。そして、バラバラなバランスの生け花部の四人が誇らしく並び立つエンディングまで、幸福な物語は続くのであります・・・とかいうと、実況中継っぽいかなと思ったのですが、考えてみると、こうしたレビューもまた、僕の読書の実況中継のような気もします。本を実況しているのではなく、自分の読書中継ですね。こうして言葉にしてみると、漠然と感じていた印象やその本の良いところを再確認できる気もします。実はこの文章を書き始めた時は、実況中継自体に反感があったのですが、ここまできて、なんだかそれもいいじゃないという気になってきました。人に伝えることで、気持ちを共有できる空間を作り出す。そんな効用も実況中継にはありますね。そんな心の変節の中継となりました。