出 版 社: 小学館 著 者: ホリー・ゴールドバーグ・スローン 翻 訳 者: 三辺律子 発 行 年: 2022年03月 |
< マンチキンの夏 紹介と感想>
人はいつ『オズの魔法使い』と出会うのか。ライマン・フランク・ボームが書いたオズシリーズを読むよりも、1939年に製作されたジュディ・ガーランド主演の映画版を見て、「オズの魔法使い」を知る人の方が多いのだろうなと漠然と考えています。世界的に有名なコンテンツであり、今さら説明不要な大定番ですが、それぞれの人生に初めて「オズの魔法使い」に出会う時があると思います(このパターン『ライ麦畑でつかまえて』でも『赤毛のアン』でもよく語られるところです)。テレビドラマシリーズやアニメ版でという方も、『ウィキッド』や『夢の終わりに』のような派生作品から知った方もいるかも知れません。ファンタジーの系譜として考えると、その独自のギミックや、特定の宗教や神話的な影響がない世界観など、後のファンタジー作品に与えた影響は大きいものだろうと思います。まあ、そんなこと以前に、おおよその方が『オズの魔法使い』の物語は知っているだろうし、『虹の彼方に』のメロディは聞き覚えがあるだろうし、「おうちが一番」というフレーズも記憶されている、のではないかと。そこからのこの物語です。タイトルの「マンチキン」は『オズの魔法使い』に登場する「小さい人」たちです。映画や舞台において、ファンタジー世界の、所謂「小人」の役を「小人症」の人が演じることがあります。この物語の主人公の少女は『オズの魔法使い』の舞台劇のオーディションに参加して、「マンチキン」役を射とめます。彼女は背の低い子なのですが、同じ舞台でこの役を演じる役者の中には「小人症」の大人もいます。障がいのある人へのまなざしの向け方について、ここで考えさせられることになります。一方で、人から偏見を持たれたり、差別を受けがちな人たちは、どう自分を表現しようとしているのか。十二歳の少女が舞台劇作りに参加することになった夏休み。「マンチキンの夏」は彼女に何を見せてくれたのか。哀しみに沈みがちな主人公は、その突破口を見つけ出そうとしています。そんな物語の開幕です。
七週間前にペットの犬、ラモンを亡くしたジュリアは、失意のうちに夏休みを迎えました。新学期までにこの悲しみから抜け出したいと思いながらも、なかなか前に進めません。二人の親友はサマーキャンプや家族と旅行に行ってしまい、一人きりのジュリアに、ママが勧めてくれたのは、大学で行われるセミプロ劇団の舞台のオーディションを受けることでした。ジュリアは気乗りしませんが、弟のランディも参加するので仕方なく歌のテストを受けることになります。さて、その数日後「マンチキン」役に決まったという連絡が姉弟に届きます。劇の演目は『オズの魔法使い』。マンチキンはそこに登場する「小さい人」の集団です。練習に参加したジュリアは、子どもだけではなく、映画のマンチキンと同じような「小さい大人」たちがマンチキン役として参加していることに驚きます。その一人であるオリーブという小さな大人の女性とジュリアは親しくなります。ブロードウェイで舞台監督も務めるショーン・バーの指導を受けながら、ジュリアには次第に、この場所にいたいという気持ちが芽生えていきます。この夏は小さい人たちが中心の夏になる。年齢の割に背が低いことを気に病んでいたジュリアは、この舞台に参加したことで、自分の世界を大きく広げていきます。年配の男性であるジョーン・バーの指導力に驚かされたり、ご近所に越してきた、やはり年配の女性、チャンさんと親しくなり、見事な衣装を作ってもらうことになったり、小さな人であるオリーブが、どんなふうに人の好奇の目と対峙しているのかを感じ取ったり。稽古の日々は色々な出来事とともに進んでいきます。思わぬ評価を得て、マンチキンのダンスリーダーと空飛ぶ猿の二役を演じることになったジュリアに、舞台の本番の日が迫ってきました。大切な家族であった犬のラモンを失った悲しみが、時折、去来しますが、それを乗り越えて、稽古に打ち込み、多くの人と関わっていく中で、ジュリアが少しずつ成長していく姿が微笑ましい物語です。
背の低いことを気にしているジュリアは「低い」という言葉にさえ敏感で、口に出すことを避けています。ただその背のおかげで、舞台に出演する機会を得られたのです。ちょっとした屈託を抱えながら、それでいて素直な彼女の視線は、大人たちのバイタリティを感じとっていきます。年をとっているからとか、障がいがあるからとか、先入観で人から判断されてしまう人たち。人目なんて気にしない彼らの溢れ出るパワーが、ジュリアに影響を及ぼしていきます。一方で、自分と同じマンチキンの子どもたちにジュリアの目は向いていません。自分の外見は幼いけれど、大人びたつもりでいるからかも知れません。それでも、初日後の新聞評でマンチキンを酷評されたジュリアは、子どもたちの気持ちを思い、憤るのです。猛る彼女を深い慮りで諭すショーン・バーの言葉はジュリアに気づきを与えていきます。物語の始まりから終わりまで、夏の間のほんの数週間のお話ですが、ジュリアが自らの成長を感じとっていく手応えの確かさが、十二歳の夏を繋ぎとめます。舞台の高揚感やチャレンジし続ける大人たちの姿勢など読みどころも沢山ある物語でした。また色々なミュージカル小ネタも面白いのです。物語の中で「人生はキャバレー」というフレーズが登場しますが、これは『キャバレー』というミュージカル映画のテーマ曲の一節です。映画の主演女優のライザ・ミネリは『オズの魔法使い』の主演のジュディ・ガーランドの娘だなんて、ジュリアは知る由もなく、読者だけがその繋がりを感じとるのは面白いところです。『ガイズアンドドールズ』だって、男たちが人形遊びをする話ではないのです。突っ込みがないままスルーしていくそんな諸々がなんだか楽しいですね。