ヴァイオレットがぼくに残してくれたもの

Finding Violet Park.

出 版 社: 小学館

著     者: ジェニー・ヴァレンタイン

翻 訳 者: 冨永星

発 行 年: 2009年06月


ヴァイオレットがぼくに残してくれたもの  紹介と感想 >
ルーカスがヴァイオレットと運命的な出会いをした時、彼女はタクシー会社の配車事務所の棚の中にいました。何故、人間が、棚の中にいるのかというと、彼女は既に遺灰となって骨壺に入り、忘れ物として引き取り手もないまま保管されていたからです。その見ず知らずの骨壺に、まるで助けて欲しいと求められたような気になったルーカス。どうして惹かれてしまうのかわからないまま、少年は骨壺の中の女性、ヴァイオレットのことを調べ始めます。既に5年前に75歳で亡くなっていた彼女は、そこそこ有名なピアニストであり、いくつかの映画の中には、彼女がピアノ演奏を吹き替えた「手」の映像が残されていました。ルーカスは、映画や、肖像画のヴァイオレットの面影を追いかけながら、意外にも自分の家族と彼女がつながりを持っていたことを知ることになります。ヴァイオレットが亡くなった5年前に、同じく失踪してしまった父親と彼女は浅からぬ付き合いがあったらしいのです。少年の謎解きは、人々の証言や残されたものたちを辿り、やがて核心へと迫っていきます。作者のデビュー作ながらガーディアン賞の大賞受賞作。期待のYAレーベル、小学館のSUPER!YAの一冊。人気イラストレーター、スカイエマさんの壮画もマッチしていて、なかなか良いデザインの本に仕上がっています。

この作品はミステリアスな謎解きの楽しさだけではなく、揺れるティーンの心情が吐露される語り口に妙味があります。現代的な等身大ティーンの独白モノというと、なにかと「・・・版ライ麦畑」とコピーをつけられがちですが、クールな観察者のようだけれど内心の動揺は隠せず、悪態をつきながらも繊細な魂を持て余している、いつか見たアーバン系の少年像には、期待感が募ってしまうものです。物語は今はもうこの世にいない、孤独な老婦人ヴァイオレットの人生をたどっていくことで、ロンドン北部の街に住む十五歳の少年と、過去の時間にいた父親を出会わせます。少年による父親捜しという直球の青春物語は、単にその行方を追い求めることではなく、心の中の父親像と正面から向き合うことであるあたり、ヤングアダルト作品としてのグレードの高さを感じます。アイデンティティを意識する年頃になると、自ずと自分のルーツである親の存在が気になるものですが、少年は父親を探しながら、自分自身をつきとめようとしているのかも知れません。自分を探しだし、やがてそこから自由になるために。

理由も不明なまま失踪してしまった新聞記者の父親という謎めいた存在は、少年の現在に多くの影を落としています。少年には、失踪や行方不明という事件性よりも、父親の心のあり方への関心が強いのです。何故、父親は家族を捨てて、突然、失踪してしまったのか。弟はまだ母親のお腹の中にいたというのに・・・。偶然見てしまった母親の日記から、親の本音を垣間見てしまった少年は、父親が自分をどう思っていたかについても疑念を抱いています。親からの愛情に懐疑心が生まれると、己の根幹が危うくなっていくものですが、こうしたティーンの心の難局が、ミステリアスな女性ヴァイオレットの過去を探すことに重ねられながら、鮮やかな成長物語として成立していきます。家族や祖父母を見つめるルーカスの視線がクールなだけでなく、愛情深いところには安心できるところもあり、ヤングアダルト作品の一典型として楽しめる作品です。父親と少年の関係性の物語を好まれる方には、お勧めできます。語り口もいいしそこそこ面白いのだが・・・というのが、個人的感想です。こうした語りものは余計なエピソードが沢山あって、もっと脱線してもいいのにと思うところです。

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