みつきの雪

出 版 社: 講談社

著     者: 眞島めいり

発 行 年: 2020年02月

みつきの雪  紹介と感想>

人にはやがて目覚めない朝がくるものですが、生きているかぎりはSNSなどでゆるくつながりを維持できるのが現代の僥倖であり、厄介なところです。転校する友だちに、絶対手紙を出すよと約束しながら、次第に疎遠になっていったなんて昭和あるあるだけれど、根幹にあるのは心が離れてしまうことであって、たとえリモート環境が整っていたとしても、つながれなくなる関係もあるはずなのです。畢竟、サヨナラだけが人生です。そんなものさ、と嘯く頃には、そこそこの人生経験を積んでいて、淋しさやあきらめだけではないサムシングをそこに見出せているような気もします。ズッ友、という言葉のテイストに冷笑的になってしまうのは、死語だからだけではなく、失われてしまうものにこそ人生の味わいがあると思うからでしょうか。いえ、ズッ友賛歌も悪くはないと思うのだけれど。さて本書は、別れを内在していたからこそ輝く、一緒にいられた時間を繋ぎとめる物語です。いつか来るサヨナラのフィルター越しに、大切な友だちをずっと見続けていた主人公が、ついにサヨナラの時を迎えます。ただ、そこには一緒に積みあげてきた長い時間が記念碑のように残されています。そして未来への可能性もまたある。少女による、いつか見た少年の回想の物語であり、そのリアルタイムもまた、依然としてスタート地点であるという、淋しさと希望が入り混じった現在地を見せてくれます。男女二人の、ごくごく自然な、なんでもない関係性や、温度の高くない静かな友愛に、低温火傷のように胸を焦がされてしまう、物語の愉悦がここにあります。第21回ちゅうでん児童文学新人賞大賞受賞作です。

満希(みつき)の暮らす信州の山間の村に、山村留学生として、行人(ゆきと)が千葉県の都市部から転校してきたのは小学五年生の冬のことでした。親元からひとり離れて寄宿舎に暮らし、学校に通う。満希の村では、美しい自然に溢れた環境を子どもたちに体験してもらうために、全国からこうした山村留学生を迎え入れていました。分校で唯一、同じ学年である満希は、この都会からきた転校生に、当初、警戒感を抱いていました。東京の有名な私立学校に通っていたという噂の、勉強がよくできる、人の話をよく聞く、デキスギた少年である行人に対して、満希が必要最低限の会話しかしなかったのは、あえて距離を置いていたからです。以前に都会から迎えた山村留学生との気持ちのすれ違いで悲しい思いをしたことがある満希は、行人に対して、なるべく親しくしないように努めていました。お客さんと友だちになっても仕方がない。そう思っていた満希に、東京の学校を辞めてここにきたという行人は、戻る場所はないのだと説明します。何か事情があるのだと、満希は察しながらも、詳しく尋ねることもないまま、次第に二人は親しくなっていきます。同級生として一緒に過ごし、同じ中学、高校に進学することになった二人。学校で一番の成績優秀者で、合唱コンクールでは伴奏のピアノを弾きこなす行人。物静かで謙虚な少年は、いつも一定の距離感で満希の傍にいました。いつも一緒に行動するから、仲が良いことをからかわれることもあります。いくつもの思い出が二人の間に生まれていきます。満希は行人に特別な感情を抱いているわけではないけれど、ずっと意識しいるのは、彼にとってこの村は、いつか出ていく場所であって、帰ってくる場所ではないということ。そんなお別れの予感を抱きながら、満希は、行人との七年間を過ごしていきます。そして、迎える高校卒業の時。地元で就職する満希と、栃木の医大に進むことになった行人は、ついにその道を違えることになるのですが、ここで初めて、この村にきた本当の理由を満希は行人から打ち明けられます。それは行人との時間を、もう一度、行人の視線で見つめ直す満希のトリップとなるのです。

ささいなエピソードにも味わいがあります。優秀な少年であり、考え深く、人を気づかう行人。満希は、拗ねることも腹をたてることもある、ごくあたりまえの子です。高校に入ってからは、進学クラスで、さらに学年一番をとり続ける行人と、満希の距離は開いていきます。すれ違えば挨拶をする程度の仲になったけれど、それでもどこか繋がっている思いがあるのは、満希だけではないはずです。高校の卒業を前に、中学生の頃、通っていた村の図書室に二人で一緒にいこうと誘う行人。ここで語られる手痛いエピソードなどもまた感慨深いのですが、思い出の場所に繋ぎ止められた過去の時間が立ちのぼってくる感覚が鮮烈です。小学校 中学、高校のなんということもない風景や、学校行事などが、高校生活を終えようとしている満希の視座から回想されていく時、どこか自分自身の郷愁とシンクロしてしまうものがありました。そして、いつも傍にいた行人の存在。行人のまなざしや態度から、その胸のうちを、満希が斟酌して考えるところに結ばれた行人の人物像が、愛おしく感じられます。ひたむきに努力を重ねてきた友人への満希の賛辞も、畏敬の念も、県外に出て行ってしまう淋しさも、その感情の渦が、透き通るような素直な文体で入り込んできます。あっという間に消えてしまう思い出の中の時間と、二人でガラス窓越しに見つめる三月の雪のはかない美しさが重なる場面描写の美しさにも息を呑みます。自分の想いにあてはまる言葉を、手探りでさがす満希と同じように、この物語のあえかな感覚をうまく説明できないもどかしさがあります。この余韻を是非、読んで、味わって欲しい物語です。