出 版 社: 講談社 著 者: 令丈ヒロ子 発 行 年: 2009年03月 |
< メニメニハート 紹介と感想 >
いったい身体の何パーセントが機械に入れ替わったら「人間」でなくなってしまうのか。『サイボーグ009』の004みたいな鋼鉄ボディの全身武器男ともなると「果たしてオレはまだ人間なのか」と自問することもあるわけで、その葛藤にもドラマがあります。ロボット化していく自分を、人間たらしめているものとは何なのか。改造人間の苦悩は、やや想像の範疇を超えているものですが、そんな命題もまた興味深いものです(なんだこの書き出しは)。ところで、僕は「僕が僕であること」のアイデンティティが揺らいでしまうような局面に遭遇したことがあります。結論から言うと、既に僕は僕でなくなっている気がするのです。一足飛びの変化ではないけれど、かなり考え方が変わってきてしまいました。かたくなだった自分を壊して、新たな自分を創造する。そのスクラップ&ビルドは「大人化計画」の中では重要なことです。とはいえ、変わることは痛みを伴うし、時間がかかります。同級生とは違う「自分らしさ」を、自他ともに意識するのは、やはり小学校高学年からでしょうか。それぞれが、だんだんと個性的になってくる年頃。個性というものは、いくつかの属性が混ざりあった人間としての主体性です。この物語では、属性マジメ、属性ウソツキ、それぞれの強い個性を持った二人の小学五年生の女の子が登場します。ところが、その属性が不思議なできことをきっかけに変化していくのです。自分であることの個性が、突然、失われてしまった時、それでもまだ自分なのだと言えるのか。要は、個性の何パーセントが入れ替わったら、違う「自分」になってしまうのか、という命題です。そして、他人の個性を、どのように見つめるべきなのか。コミカルなお話ですが、真摯なテーマが鋭く突き刺さってくる、実に面白い作品です。
小学五年生の男子、コクニ君。彼が引っ越した先のマンションの両隣の部屋には、転校した小学校の同じクラスの女の子が住んでいました。かたやマジ子と呼ばれているクラス委員長。属性はマジメ。コワイくらいにひたすら真面目で、何にでも筋を通し続ける女の子。服装はいつも地味だしメガネをかけている、でも意外に可愛らしい。そして、もう一方はサギノ。属性はウソツキ。美人でオシャレで男の子ウケの良いポーズばかりの女の子。遅刻常習犯で、ややだらしなく、言い訳のウソが得意。そんな個性的な二人の同級生と関わることになったコクニ君だって、平成生まれなのに昭和カタギで、死語連発のちょっと変わっている男の子です。ある日、学校の怪談のひとつ「呪いの大鏡」の前で起きたハプニングで、マジ子とサギノの頭から飛び出した「ハート」が入れ替わるのをコクニ君は見てしまいます。その日から、マジ子とサギノには微妙な変化が生じ始めます。真面目だったはずのマジ子が遅刻して、ウソの言いわけをはじめたり、いい加減だったサギノがキッチリとし始める。コクニ君は二人の変化の謎を解こうとするのですが、どんどんとエスカレートしていく入れ替わりは、やがて外見にも及んでいきます。二人の個性は、ごちゃ混ぜになっていく。果たして、マジ子的なサギノと、サギノ的なマジ子は元に戻れるのか。そして、それぞれ個性的すぎた二人は元に戻った方が幸せなのか。愉快でにぎやかで楽しくて、ちょっと考えさせられるお話です。
「入れ替わり」モノの新機軸です。物語の中でも映画の『転校生』(原作は山中恒さんの『おれがあいつであいつがおれで』)に言及されていますが、心と身体が入れ替わってしまうことは、物語の中では良くある題材です。同級生の男女が、先生と生徒が、お婆さんと女の子が、お父さんと娘が入れ替わったりする、そのドタバタは実に楽しいものです。ところが、この物語で入れ替わるのは「個性」だけなのです。他人の個性が入りこんできて、これまでの自分の個性が消えてしまう。それでも、まだ自分だと言えるのか。二人の秘密を知っているコクニ君も巻きこまれ、だんだんと「混ざって」いきます。似た者の同士の仲よし三人組になっていくものの、ここには個性崩壊の危機感もあります。さて、三人はこの微妙な状態をどう乗り切っていくのでしょうか。三人や同級生たちとのにぎやかなやりとりが面白い、明るくて元気いっぱい、パワー全開の物語です。個性、というのは、他の人がいるからこそ輝いたり、意彩を放ったりするものですね。お互いに個性を主張しあいながら、影響も受けあっている。時に屈折した感情が交錯することもありますが、教室にはそんな交流がたくさんあった気がします。自分にはない個性を持っている同級生に憧れたり、あんなふうになりたいと思ったこともあります。自分の個性みたいなものも、おそらく、これまでの人との出会いの中で影響を受けて、培われてきたものなのでしょう。自分の個性を大切にすること、そして、他人の個性を尊重すること。互いに影響しあい個性を分かち合っていく、そんなコミュニケーションが素敵に描かれた物語でした。