冬の龍

出 版 社: 福音館書店

著     者: 藤江じゅん

発 行 年: 2006年10月


冬の龍  紹介と感想 >
龍の霊力がこめられた雷の玉を探しだし、天に還さなければ、大切な人に災いが訪れる。少年たちは、江戸時代の文献や古地図を頼りに、この町の伝承をひもときながら雷の玉の行方を追います。かつて卵から孵った龍は、天に昇り、雷の玉だけが地上に残されました。齢を経た雷の玉は、凶々しい霊気を発し、人々に不幸をもたらします。リミットは龍が天に戻ってから六十四年後の年末まで。それは、まさに今年の大晦日。そして、既に師走を迎えているのです。ケヤキの化身の力を借りて、調査を開始したシゲルたち小学六年生男子三人組。果たして、彼らは、雷の玉を、制限時間までに見つけ出すことができるのでしょうか。第十回児童文学ファンタジー大賞奨励賞受賞作。わくわくするファンタジーの冒険と謎解き、そして、少年の心の成長が清々しく心地よい作品です。

冬っぽい雰囲気が濃厚です。「年の瀬」感覚がとても良く表現されていて、「インターネット」などが出てこなかったら、うっかり現代の物語だと思わないほど、懐かしい子どもたちの冬の風景を感じます。少年時代の冬は、ことさら寒かったような記憶と、凍てつく景色の中にも、ストーブ、コタツ、鍋物などの暖かい温もりを思い出します。小学校六年生のシゲルのお母さんは既に亡くなっており、お父さんも家具職人の仕事をリストラされて、今は故郷に戻って職を探しています。なかなか思うどおりの仕事は見つからず、アルバイトをして生活費を稼いでいる様子。東京に残されたシゲルは、まかないつきの下宿「九月館」でひとり暮し。戦前から続く下宿屋を切り盛りする大家のすずさんが面倒を見てくれるので、生活に不便はないのですが、やっぱりちょっと寂しくもあります。仲間たち三人と肝試しのための心霊写真撮影に出かけた夜、シゲルは、九月館を訪ねてきた一人の青年と出会います。青年の名前は小槻二郎。六十年以上も前に、九月館に下宿していた祖父一郎の消息を告げにきたというこの青年。当時はまだ小さな女の子であった大家さんのすずさんもびっくりするほど、お祖父さんにそっくりでした。実は、彼はかつて九月館にあったケヤキの大木の化身。祖父の一郎も、彼自身の姿だったのです。戦時中の火災で霊力を失い、人間の姿を結べなくなったものの、長い歳月を経て、ようやく力を取り戻し、戦後、木が移植された信州からこの地に戻ってきました。二郎はシゲルに、かつてこの地で生まれた龍の話をし、その珠である地上に残された雷の玉の災いが、九月館に降りかかってくることを予告します。二郎はその災いから九月館とすずさんとを守るために、再び、人間の姿となり上京してきたと言うのです。この一大事にシゲルもまた、古書店の息子である雄治らと一緒に雷の玉さがしに乗り出します。

雷の玉さがしの物語の進行も面白いのですが、興味深いのは、シゲルのまわりにいる大人たちの姿と、それを見つめるシゲルの視点が交差していくところです。九月館に下宿している、生真面目な図書館員の栗田さん、零細絵本出版社を経営する坂井さん。かっこいい背取師(せどりし)の女性、早坂さん、あやしい古書店の店主綿尾さん。本が大好きで、本に関わる仕事をしている人たちの情熱を知り、自分の父が本当に好きな仕事をできずにいる苦衷を思うシゲル。下宿に住む、建築を勉強する学生の五十嵐さんが、夜な夜なお酒を飲んでは泣いている姿に、その心の痛みを想像するシゲル。小学校六年生って、すごく微妙な時期ですね。お年玉をためてマウンテンバイクが欲しい欲しい、なんて思っている一方で、人の心の哀しみや切なさを、大人の事情は良くわからないものの、繊細に感じとってしまう感受性も芽生えているのです。ファンタジー世界と、現実世界で生きている大人たちの心の世界に歩み寄りながら、ちょっと大人びる少年の冬。真っ直ぐな少年の多感な心が揺れる、気持ちのいい物語です。ものを調べることの楽しさ、人と交わることの楽しさ、心を尽くせる仕事をすることの歓び。小学生たちに、人生の色々な歓びを教えてくれる作品です。早稲田界隈、穴八幡神社、古書店街、神田川。風情のある東京の町並み。物語の舞台となっている地域の古地図が見返しにプリントされた造本も、この物語の雰囲気を盛り上げてくれます。一足お先に、冬の気分を味わいたい方に、お薦めの一冊です。