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出 版 社: 岩崎書店 著 者: 額賀澪 発 行 年: 2022年09月 |
< ラベンダーとソプラノ 紹介と感想>
韓国のドラマや映画では「半地下」で暮らしている人たちが登場することがよくあります。戦時にシェルターとして作られた家の地下部分が、貧しい人たちの住居として安価で賃貸されたものだそうです。陽のささない名実ともにアンダーグランド。韓国の「半地下」というパワーワードには、社会の歪みが引き起こす経済格差や生活苦を想起させられます(アカデミー賞外国映画賞を受賞した韓国映画『パラサイト 半地下の家族』は社会問題を提起した、というよりは娯楽作品として面白いのでお勧めです)。さて、本書には「半地下合唱団」という一団が登場します。主人公である小学六年生の女の子は、縁あってここに加わることになります。韓国のような半地下住居ではなく、半地下にあるバーを練習場にしている合唱団。やはり半地下というのは児童文学の向日性とは別ベクトルのものですが、一見、眉をひそめられそうな場所に真理があることも物語的には常套です。昼の学校に満たされない子どもが、夜間学校で真理に気づかされることがあるように、アンダーグランドの世界観に触れることも成長のきっかけにはなるものです。学校の良識にがんじがらめになっていた真面目な小学生が、昼の合唱団から、夜の合唱団へ足場をシフトすることで、見えなかった物が見え、聞こえなかった音が聞こえ、新たなハーモニーを生み出せるようになる、というあたりが読みどころです。そしてこれもまたサードプレイスの物語。学校でも、家庭でもない、第三の場所に心の安らぎを得られることもあります。どこが居場所として正解かという明確な答えがないところもまたポイントです。
低学年の頃から憧れていた小学校の合唱クラブ。六年生になった真子(まこ)は、全日本合唱コンクールでも入賞するこの高いレベルの合唱クラブでアルトのパートリーダーを務めるようになっていました。昨年、コンクールで金賞を逃した真子たちは、その雪辱を果たさなければならないプレッシャーを感じていました。六年生は責任感を持たなくていけない。部長の穂乃花(ほのか)はいらだちを隠さず、厳しくメンバーにあたるようになります。そうした中で塾と合唱クラブを両立することに悩んでいた五年生の優里(ゆうり)は叱責され、練習どころか学校に出てこないようになります。勝つことに必死で、自分たちが楽しく合唱することから、遠ざかっていることを真子も感じはじめていました。保健室で優里の幼馴染だと言う男子、朔(はじめ)と知り合った真子は、一緒に優里の家を訪ねた後、半地下合唱団のことを教えられます。朔の両親が経営する半地下にあるバーを練習場にしたこの合唱団には、地域の商店の人たちなど色々な素性の人たちが集まっていました。学校の外じゃないとわからないこともあるという朔。そして、この合唱団で歌う美しいボーイソプラノを持つ朔が、その声で歌える残りわずかな時間をともにするために、真子は二つの合唱団での活動を両立させることにします。学校の枠の中で、勝つための合唱をしようと自分たちを追い詰めてきた真子は、曲に何を込めて歌うか、どう楽しめばいいのかを模索しはじめます。楽しくやることは、頑張らなくて良いということではないと朔からも諭された真子。ただ居心地の良い場所に逃げることではなく、自由な場所でもまた戦うべきことや、受け入れるべきことがあるのだと感じとっていきます。しんどい思いをしながら合唱を続けるべきか。楽しんで歌える場所を選ぶべきか。そんな二元論では割り切れないものを、二つの合唱団の狭間で真子は考えます。
クラブ活動も習いごともお仕着せになると、義務のように思えてくるものです。コンクールに参加することだって、必勝を求められると楽しむどころじゃなくなります。ましてや、勝つために人を追い詰めるようなマネをするようになるなんてヤキがまわった状態でしょう。クラブ活動やら、勉強やら、友だち関係や家族関係など、小学生もしがらみやプレッシャーに押しつぶされているものだろうと思います。自分でコントロールできる分、大人の方が生きやすいとは思っています(自分は、組織には最低限しか属さない自由を行使していますが、面倒を避けて確執を限りなくゼロにしようとすると、失うものもあります。摩擦がなくなれば熱もなくなるのです。楽だけれど、やる気のない大人になることは、子どもにはお勧めできません)。葛藤する小学生に閉塞感を打ち破る突破口を物語は与えてくれます。スポーツや各種競技と同様に、合唱も難しい局面があります。とくに調和を生み出す、という行為は、個性を際立たせることと相反するため、自分の個性のあり方や他者とどう同調するかなど、象徴的な意味での、社会という合唱に向き合うことになるのです。しかしながら、楽しむためにやっていたことが苦しみになってしまうのは本末転倒です。四角四面な場所に押し込められて、感覚が麻痺する前に、その閉塞状況を客観視する必要がありますね。それには程よい人との関わり方が大切で、まあバランスということでしょうか。行き詰まった時には、正攻法だけではなく搦手もある、というのは子どもにも知って欲しいところですが、リスクもあります。安心や安全は第一です。ホームレスでさえ聖者視してしまうのが、物語というロマンが陥りがちな隘路です。アンダーグランドに幸福なサードプレイスがあるとは限らないので充分に注意してもらいたいと思います。学校よりもアンダーグランドにいる大人が良い人、という逆説はレアケースです。普通に考えれば悪い人の方が多いので、ロマンと現実には線を引くべきだろうなと、まずはありていで良識的な感想を述べておきます。
