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出 版 社: 岩波書店 著 者: マンジート・マン 翻 訳 者: 長友恵子 発 行 年: 2024年01月 |
< 僕たちは星屑でできている 紹介と感想>
難民の子どもたちを描く近年(2010年代後半以降)の児童文学やYA作品は、当事者たちが経験した過酷な旅の道程から、彼らを受け入れる側の戸惑いへと視点がシフトしています。受け入れる国の中では、難民との文化の違いによる衝突もあれば、公共福祉のリソースが難民によって削られることに不満を抱く人もいます。難民排斥が実際に行われている社会で、共生の理想を掲げて、難民を支援することは、人道的ではあるものの、その対立を引き受ける相応の覚悟がいるものです。本書はそうした社会情勢の中で、あえて難民支援のために立ち上がった少女の勇気と、また、圧政が続く自分の国を逃れて、受け入れてくれる国を目指して逃亡の旅を続ける少年の勇気を並列で描く物語です。まったく知らぬ同士の二人の状況が、同じキーワードを用いて交互に語られていく、詩形式のストレートな心情描写と臨場感は読者をひきつけます。少年は自由を求めて、自分を受け入れてくれる国を目指して逃走を続けます。しかし、その国でもまた、少年のような難民を拒む人たちと、支援する人たちとの分断が深まっています。ここで、重要な価値観はやはり人道主義です。シェアすることは負担を伴いますが、鷹揚で寛容な心持ちが求められます。人としてそうあるべきというのは理想ですが、そうしたスピリットが涵養されない社会もまた、多くの病巣に蝕まれているのです。貧困や生活苦に追い詰められて差別主義者になってしまうこともまた、人道的な見地からは不幸です。不幸な人間を作らない社会をどうしたら実現できるか。そんな大きな社会の命題を子どもたちが引き受ける必要はなく、おそらくは、自分と自分の周囲の人たちを思いやる気持ちを持てることが大切でしょう。誰も互いに憎しみ合うことは求めていない。とはいえ、歪んだ社会が人の心を歪ませていることは事実であり、その原因を、誰かが存在するからだと考えることが亀裂を生じさせています。物語は友愛の力で,その亀裂を塞ぎ、分断をくいとめようとします。わかりあえなくなっている私たちに、わかりあうことを諦めかけている私たちに、鮮烈な一撃を与えてくれる物語がここにあります。
アフリカ北東部にある独立国家エリトリアは、政府による人権侵害と圧政によって、多くの国民にとって住みがたい国になっていました。軍の刑務所のようになってしまった国で、虐待と苦痛を与えられる無期限の兵役につかなければならない少年たちは、この国の奴隷となる未来が待ち受けています。十七歳の少年、サミーことサミュエルは、自由主義者であった父親を軍に虐殺され、今度は自分も兵役にとられようとしています。逃げるなら今しかない。国を越えて、ヨーロッパへ逃れる。ただそれは多くの危険を伴う、命がけの逃避行になります。サミーは、友人のテスファイとともに自由になるための過酷な旅を決意します。エリトリアからイギリスへの5000kmを越える楽園への旅。しかし、それは彼らが想像する以上の地獄の連続となります。国境を越えるためには、殺すために撃ってくる兵士の見張りと地雷をかわさなければなりません。無事に国境を越えても人身販売組織に捕らえられ、身代金を要求されることもあります。捕まっては、鎖につながれ、閉じ込められる。陸路も海路も危険だらけの決死の道程を歩みながら、それでも必死にサミーは自由を求めてイギリスを目指します。一方、そのイギリスに住む十六歳の少女、ナットは、母親を病気で亡くし、気持ちを塞いでいました。ナットの不幸はそればかりではなく、父親は職を失い、住んでいた家からの退去を求められていました。兄のライアンはこうした生活の困窮から荒れ始め、その怒りを、自分たちに向けられるべき福祉を奪っている難民に対して怒りを募らせます。難民支援の仕事をしていた母親の志を知るナットは、変わっていくライアンに哀しみを覚えています。そして、同じ学校に通う友人の難民少年、フェイゼルが何者かに襲われて怪我をしたことを知り、自分に何かできないかを考えはじめます。難民支援のための寄付を募るために、ドーバー海峡単独横断泳に挑む。難民を憎み、排斥しようとする社会に抗う。水泳が得意なナットとはいえ、勇気を振り絞らなければならない決断です。それでも、自分自身を越えていくためにナットは一歩を踏み出します。そんな彼女はテレビのニュースで見た、印象的な難民の少年に目を留めます。サミーもまた、新聞で難民支援のためのチャリティを行う少女のことを知ります。通じ合うものを感じた二人は、見知らぬ相手への連絡手段がないながらも、互いのことを胸に抱き、それぞれの目的のために勇気を振り絞っていきます。ナットのドーバー海峡単独横断泳を決行する日がカウントダウンしていく中、サミーもイギリスを目指して、その一歩を進めていきます。交差する二人の心境はクライマックスに向かって重なりあい、やがて絶望と希望の向こう側にある世界が描き出されます。
疎外され、虐げられた時、人は自尊心を奪われてしまいます。他人から貶められるだけではなく、自分で自分を見下してしまうこともあります。サミーは父親が殺されることに抗えず、なにもできなかった自分をクズだと思い込みそうになります。しかし、両親が与えてくれた薫陶が彼を支え、過酷な旅をも乗り越えていく勇気を与えます。この宇宙で自分たちはどんなに稀有な存在であるのか。自分たちがここに存在する統計学的確率を知れば、自分がちっぽけな存在だとは思わないはずだと、父親はサミーに教えてくれました。僕たちはみんな、同じ星屑でできている。人はこの宇宙の中で、たった一人の孤独な存在ではなく、繋がりを持った存在なのだ。サミーは、なけなしの勇気を奮い前に進もうとする、まだ見ぬ友であるナットにもその言葉を贈ります。母親を亡くし、生活に困窮し、かつては同性愛者である自分を励ましてくれた兄もレイシストになってしまったナットの失意。母親の意志を継いで、難民支援を行おうとする彼女もまた、自分で自分を支えていかなければならないのです。でも、一人ではない。この理不尽な世界で、誰もが怒りや哀しみを抱えて生きています。理不尽な世界を作り出している元凶に直接、抗うことは、無力な人間には困難なことです。それでも、自分の身体と心の自由を守り、幸福に生きる権利が誰にもあるのだとスローガンを掲げるべきなのです。僅かな場所やリソースを分けあって共に生きることは、生半可な覚悟ではできないし、少なからず痛みを引き受けることです。その寛容を人は発揮できるのか。物語は読者に、勇気を奮うための動機を養ってくれます。主人公たちの心情にシンクロすることで、この世界を捉えるまなざしをグレードアップさせていけるのです。本書は、主人公二人の心情が交互にクロスしながら詩の形式で吐露されていきます。状況説明は省略されていますが、研ぎ澄まされた言葉で語られるその心情は、ストレートに胸を射抜きます。この友愛に満ちた物語は、多くの大切な気持ちを心に灯してくれるはずです。それは悲痛であるがゆえに、胸を離れないのです。
