僕は花の色を知らないけれど、君の色は知っている

出 版 社: スターツ出版

著     者: ユニモン

発 行 年: 2023年06月

僕は花の色を知らないけれど、君の色は知っている 紹介と感想>

色盲という、色の判別が通常の人とは違う障がいがあるということを知ったのは、小学生の時です。自分の子ども時代には、健康診断のメニューのひとつとして、色分けによって描かれた文字や数字を判別できるかどうかの色覚の検査がありました。色盲だと信号の赤と青も区別がつかなくなると言われ、遺伝性のものなのか、目の病気なのか、脳の障がいなのか、全く、詳しいことはわからないまま、なんとなく恐ろしく思っていました。なので、検査で数字や文字の判別ができた際にはほっとしたものです。ここから自分は色盲の人にどういう眼差しを向けていたかが浮かびます。検査による早期発見は必要なものなのかも知れませんが、偏見を助長するものであるという言説も、自分を振り返って、ちょっと納得するところがあります。21世紀になって、学校で色覚検査が行われなくなった、という状況を知ったのは、『なみきビブリオバトル・ストーリー』という作品の中で、色覚異常の少年が登場したためです。ちょっと驚き、調べてみて、この経緯を知りました。検査がなくなったことで、偏見が助長されることもなくなったかも知れませんが、正しい理解の機会も失われているのではないか、は考えさせられます。さて、本書には、色覚異常のある少年が登場します。色盲という言葉からイメージされるようなものではない過酷な状態です。それでいて、タイトルから想起されるように、ロマンスもまた息づいています。失われるものがある時、満たされるものもありますが、葛藤を越えたその先に見出されるものであるがゆえに輝きを放つというのがドラマの常套です。それがありきたりなものではなく、実にピュアで、グッとくるあたりが良いところなのです。

高校二年生の女子、夏生彩葉(なつきいろは)が、いつも気にしているのは、昼休みに一緒にお弁当を食べる子たちと、どう協調して行くかということでした。自分以外の三人は、バトミントン部に入っている、クラスでも人気のある明るい子たちです。お弁当の最中もスマホから目を離さない彼女たちは、やや傲慢なところもあり、大人しい彩葉はついていけないものを感じています。それでも教室でお弁当を一人で食べることを怖れている彩葉は、話を合わせ、関係を維持しようとしています。中学生の時、クラスで無視され、一人でお弁当を食べることに耐えきれず、トイレで食事をしていたこともある彩葉。人から向けられる蔑みに人一倍敏感な彼女は、バトミントン部の子たちの悪意を孕んだ軽口を聞いているだけでも傷ついてしまうのです。そんな付き合いを続ける学校に行きたくないと思いながら、人から変だと思われることを極度に恐れる彩葉はなんとか学校に通っていますが、ついに、朝、通学バスに乗れずに、近くの公園に足を向けていました。公園のマリーゴールドの咲く花畑で出会ったのは、同じ学校の同学年の少年、天宮陽大(ようだい)です。成績優秀で長身で整った顔をした学校でも有名な少年を特徴づけるのは、その灰色の瞳です。カメラのシャッターを切り撮影している陽大に、つい学校に行きたくない気持ちを漏らした彩葉は、写真のモデルになって欲しいと頼まれます。この出会いをきっかけに、陽大が所属する廃部寸前の写真部の部室に彩葉は出入りするようになります。白黒の印象的な写真を撮る陽大から、実は色覚障がいのために色がわからないのだという事情を聞き、彩葉は驚きます。普通の人のようなフリをして振る舞いながら、写真だけは、自分が見えるままに表現したいという陽大。その孤独に寄り添いたいと彩葉は思います。陽大に色を言葉で教えるという役割を担うことになった彩葉は、この世の中にあふれる無数の色を感じて、灰色だった自分の世界も色づいていくように思います。しかし、陽大の霞病という脳の病気は進行を続け、やがて視力を失うだけではなく、命の危険もあるというのです。陽大の身を案じながら、彩葉もまたスピーチコンテストに出場して、中学生時代の不登校経験を語ろうとしています。人の思惑を気にしてばかりだった自分自身を越えようとする彩葉。中学時代から陽大が自分を陰で支え続けてきてくれたことを知った彩葉は、自分もまた彼の力になりたいと思いますが、陽大は彩葉の前から姿を消してしまうのですが、さて、どうなるのか。

虹の色は二色だという人たちがいるそうです。これは色覚の問題ではなく、色の識別の方法によるものです。大雑把に赤と青に分類するとすれば、緑も青で、オレンジも赤なのかも知れません。断続的な色彩のスペクトラムを分断して識別する。それぞれの色に名前があるのかは、文化的な背景によるものですが、その差異を捉えて認識し、相応しい名前を与えるという行為自体に、あらためて心を動かされるものがあります。番号を付けて識別するのは理にかなっていますが、番号(カラーコード)ではなく、多彩な名称で色を喩えることの豊かさを思います。琥珀色、萌葱色、緋色など、カラーパレットに並ぶ色の原色との微妙な違い。その差を色がわからない人に言葉で説明するにはどうしたら良いか。物語の中で、彩葉は苦心して、慶大に色を伝えようとしますが、自ずとそれはエモーショナルなものになります。灰色の学校生活を過ごしていた彩葉が自分の気持ちに照らしながら、この世界の色を再発見していくプロセスも、この筋立てゆえに成立します。ともかくも、ピュアな子たちです。慶大は、中学時代の彩葉の不遇を見過ごしてしまったことへの後悔をずっと抱えながら、秘密裡に彩葉のサポートを続けてきました。彩葉に気取られないようクールに振る舞いながらも、この献身は相当なものなのです。それに彩葉がなかなか気づかないあたりがポイントです。自分が辛い目にあったことがあるからこそ、人を思いやり優しくすることができる。人から無視され、いじめられたことで生まれた劣等感から解放され、自己肯定できるようになる。そこには自助努力による成長だけではなく、誰かのサポートが必要です。大いなる友愛について描かれるピュアな物語は、やはりこのレーベルの真骨頂だと思わされるところです。