出 版 社: 新日本出版社 著 者: 荒木せいお 発 行 年: 2018年09月 |
< 冒険は月曜の朝 紹介と感想>
この作品の面白さをどう伝えたらいいのかと延々と考えています。ともかく、読んでいただければ、この作品の持つハイセンスを感じとってもらえると思います。大きな展開というよりは、微にいるところに魅力があって、細かいところにセンスが光りまくる傑作なのです。物語の中の進行時間は4、5時間といったところで、朝からお昼過ぎぐらいで話は終わります。小学六年生の同級生の男女二人が電車に乗って河口湖に向かう、その旅の行程が物語の全てです。思い通りにはいかないし、それほど嬉しい出来事があるわけではないのだけれど、主人公の心に、何か残されるところがある。そんな、悪くない旅です。うまくはいかないが、前向きにとらえて、すべてOKにしようという結末です。思い込みの強い女の子、風花と、ぽわんとしてとぼけた感じの男の子、賛晴。この二人の掛け合いが、なんとも面白いのです。電車に乗り合わせた行きずりの人たちとの関わり合いやハプニングなど、この子どもだけの旅のロードムービー的な展開に魅せられます。うまくはいかないけれど、なんか楽しいし、それでOKというエピソードなのですが、小学六年生の風花の記憶に残る日になるだろう、そんな冒険の半日。そろそろ異性を意識する年頃の女の子と、鈍感な男の子のギャップが生み出すズレもなんとも面白くて、二人の掛け合いをずっと見ていたくなります。さて、特に親しいわけでもない二人が、何故、平日の月曜日の午前中に一緒に旅に出ることになったのか。物語は河口湖に向かう電車の中から始まります。
十一月の平日の月曜日の朝早く、高尾駅発小淵沢駅行きの電車に乗った小学六年生の二人。先週の土曜日に学校行事があったので、平日とはいえ、振替で学校はお休み。この日、風花は河口湖に住む叔母さんを訪ねようとしていました。お父さんの妹で三十歳の叔母さんを、風花は「純子ねえね」と呼んで姉のように慕っていました。この河口湖行きに同行することになったのが、同じクラスの男子、賛晴です。鉄道好きの賛晴は、電車の乗り換えに詳しく、風花が河口湖まで行くコースを設定したものの、ひとりで電車に乗ったことのない風花には複雑すぎるため自分もついて行くと申し出たのです。六年生の男女二人が平日の午前中に一緒に電車に乗っているのは、あやしい関係と思われないか、と風花は心配になり、賛晴に兄妹のふりをさせようとします。賛晴はぽわんとしていて、風花の言っていることにピンときていませんが、「お兄ちゃん」「風花」と呼び合い兄妹のフリを始めますが、時折、いつも通り名字で呼んでしまい、すぐにバレてしまったりします。風花が叔母さんが住む河口湖を訪ねようと思いたったのは、これまで自分を励ましてくれた恩人である叔母さんが、今、ピンチにあり、今度は自分が応援したいと考えたからです。親に結婚を反対され、シングルマザーになった叔母さんに、赤ちゃんの靴を贈りたい、と折角持ってきたプレゼント。その紙袋を乗り換えの際に電車に置き忘れてしまったり、親に詳しい事情を話さないで家を出てきた賛晴に捜索の手配が回っていて逃げ回ることになったり、電車で一緒になった愉快なオバさんから、大切なことは全部、お菓子の袋の裏側に書いてある、なんて人生のアドバイスをもらったり、韓国人観光客から美味しいお菓子をもらったり、色々なエピソードを重ねながら、叔母さんの住んでいる、河口湖のおばあちゃんの家に着くのですが、またここで予想外の展開が待っています。この物語、あたり前に考えるような「いい話」に収まる展開はしません。むしろ拍子抜けです。ただ、それがまた余韻を与えてくれる作品で、逆に読後、胸に灯り続けるものがあるような気もするのです。
賛晴が風花についてきたのは、借りを返したかったからだと言います。以前にコンビニで偶然に会った時、ペットボトルの棚を、何故か泣きながら見つめていた賛晴に声をかけなかったことを風花は覚えていましたが、それが、賛晴のいう借りなのかどうか良くわかりません。風花が叔母のことで悩んでいたように、賛晴もまた、家族のことで悩んでいました。賛晴は両親の不仲について、電車で一緒に座ることになった、行きずりの小母さんに打ち明けてしまいます。それを聞いて、風花も気持ちが募って、自分も悩みを打ち明けたくなってしまったりします。この風花の衝動的な感情や思い込みと、どこかズレている賛晴のボケっぷりと純粋さが素晴らしいハーモニーを奏でる会話劇となっています。叔母さんである純子ねえねのことを、自分の人生を変えた恩人である、と風花は思い込んでいますが、なんかそうじゃないっぽい空気になったり(こういうところすごく面白い表現なんですね)、賛晴の意外な一面がわかってきて、なんとなく賛晴のことを好きになっていったり。いや、そもそも男の子と二人で出かけるということを、かなり楽しみにしていたのは風花で、お菓子選びにも余念がなかったのです。想像力が旺盛すぎて、思惑が暴走するタイプの主人公の魅力が満喫できる物語です。空回りしすぎだし、どうもうまくいかないのですが、そんな時の賛晴のフォローもまた面白いところ。賛晴に「これは風花の旅だから」と言われて、まるで自分を主人公にしたドラマが始まるような盛り上がりを自ら感じてしまう風花の過剰な自意識が楽しい、愛すべき物語です。人生は明るく楽しいことばかりではないし、うまくいかないことも多いけれど、それでもみんなひっくるめてOKなのです。ともかく、このお話すごく好きになりました。小さなエピソードがどれもこれも面白い。最高です。