千の種のわたしへ

出 版 社: 偕成社

著     者: さとうまきこ

発 行 年: 2013年10月

千の種のわたしへ  紹介と感想>

不登校の主人公を描く物語が迎える「幸福な結末」はどこにあるのかと考えています。ひとつは、再び学校に通えるようになること。もうひとつは、大島弓子さんの『毎日が夏休み』のように、学校に戻らないまま、新しい世界を見つけること。いずれにせよ、選んだその先の未来が充実したものになることが、幸福な結末だと思います。これは不登校真っ最中の現在が幸福ではないということが前提となっています。主人公が不登校ライフをエンジョイしている物語はほぼなくて、その状態から抜け出せずに苦しんでいるのが常套です。さすがに、このままでいいじゃん、とはならないようですね。このもがいている姿や葛藤が、魅力的な物語を生み出します。これは蛹の時間であって、やがて羽ばたいていく未来を孕んでいる停滞期だとしても、そこになんら保証はない。自分でもどうしたら良いのかわからない状態で、無理やり学校に行かされることもなく、家族に気遣われているいたたまれなさ。どうしたら気持ちを上向きに保てるのか。この物語も主人公、中学一年生の女子、千種(ちぐさ)は、自分を鼓舞するために「不登校のわたしへ」という、不登校のよい面をあげたリストを書いて、おおきな声で唱えています。勉強しなくてもいいし、朝寝坊もできるし、おこずかいも貯まる。とはいえ、五月に不登校になって九月の終わりを迎える今となっては、その効力もなく、不安に苛まれながら、この時間をどうやり過ごしたら良いのかと考える日々を送っています。時間を持て余し、コンビニとレンタルビデオ店に行くだけの毎日に、それでも物語は「転機」を運んできます。これが実に奇想天外な「転機」なのです。ファンタジックな出来事に遭遇した千種のリアクションと内省がとても面白い魅力的な作品です。

昼寝したせいで眠れない夜。窓を開けて、ベランダ越しに月明かりの下の公園のクスノキを見ていた千種の前に、クスノキの精霊と名のる女の人が現れます。千種のことを守護し導くと約束したクスノキの精霊は、千種に、自分を不幸だと思っているだろうと指摘し、今日から五回、だれかをつかわすから、その話を聞くようにと言い残して消えます。夢か現実かわからないまま朝を迎えた千種でしたが、その夜から、不思議な訪問者が彼女の前に現れます。最初はカラス。下には下がいるのだと、自分の不幸話をするカラスと、すっかり打ち解けた千種は、父親からお土産にもらった水晶をカラスにあげます。それが評判となり、千種に自分のヒサンな不幸話をすると願いを叶えてもらえるという噂が広がり、続々と不思議な訪問者がやってきくるようになります。不登校生活のかたわら、聞きたくもない不幸な身の上話を聞かされる千草と、訪問者たちのユーモラスなやり取りがなんとも面白く、物語は展開していきます。よくわからないまま訪問者たちの願いを叶えることになった千種。ドリームと名付けてやった名前のない猫に続いて、千種の元にやってきたのは、影の影だというおじいさん(謎の存在です。世の中の影たちをサポートする仕事をしている影だそうで)。人間の姿になったおじいさんは、極端に腰の曲がった浮浪者のような姿をしています。ヒサンな影の話をする、おじいさんの願いは、海に昇る朝日を見たいということ。おじいさんのために、色々と算段して、電車に乗って海まで一緒に行くことにした千種の気持ちは、心なし弾んでいるのですが、訪問者たちはいずれも願いが叶うと、千種の前からいなくなってしまい、寂寥感が残されます。古典的な物語作法でもある「運命を変える指針を与える役割を担った者が現れる」寓話的なフレームが、不登校中の中学一年生女子の葛藤と掛け算される奇想の物語です。それぞれ変わった五名の訪問を受けた後の、千種の心に兆す変化が見どころです。

千種が不登校になったことには理由があります。理由もなく不登校になってしまう物語もありますが、本書はこの起点が明確です。小学校時代、唯一の友だちだった、ゆいちゃんと一緒に同じ私立中学に行こうと受験をして、自分だけ受かってしまった千種。また中学入学早々、クラス名簿の自分の名前の字が「千草」と間違えて印刷されていたため、先生から配られた小さな「千種」の訂正シールが、皆んなに捨てられ床に散らばっているのを見てしまったショック。そもそも引っ込み思案な性格で、中学にも馴染めなくなり、不登校がはじまります。お父さんは海外で働いており、お母さんと二人暮らし。お母さんも仕事に出ているため、借りてきたレンタルDVD(過去に何度も見たディズニー作品ばかり)を見て無為な時間を過ごしているだけ。この寂寥感や虚しさがなんとも切実なところです。ゆいちゃんとも疎遠になってしまい、誰からもメールがくることもない受信箱を見つめる毎日。そしてまた、なんとも千種が繊細で傷つきやすいのです。偶然再会した、ゆいちゃんの何気ない一言が突き刺さって抜けなかったり、お母さんが自分のせいで心療内科の薬を飲んでいることだって心配の種です。リアリティのある苦悩と、一風変わった不思議な訪問者たちとの交流が並行する展開の面白さや、千種の心情描写の豊かさ、訪問者たちの掛け合いなどの楽しさに溢れた物語ですが、魔法のような力で、この不登校という現状が打破されるわけではないシビアさもあります。淋しさから、つい訪問者たちに依存してしまう気持ちをすげなく断ち切られ、それでも彼らの言葉や態度から生き方を学んだ千種は、前を向いて生きていく気概を持ちはじめます。これがまた学校に戻ろうという方向性ではないところも面白いのです。千の可能性を持った種である、自分を信じられるか。心を決めて、窓を開ける勇気が必要です。彼女を見守る優しいまなざしと、自分ひとりで立ち上がる勇気を鼓舞する励ましが共存した、なんだかヘンテコで嬉しくなる物語です。千種のこの先がかなり心配ですが、エールを惜しみなく与えたい。そんな気持ちにさせられます。