出 版 社: 小峰書店 著 者: 次良丸忍 発 行 年: 1999年10月 |
< 大空のきず 紹介と感想 >
次回のオリンピックの有力候補のマラソンランナー、阿部満選手が、自分たちの市で開催されるシティマラソンに参加するというニュースを聞きつけた小学生たち。応援団を作って阿部満選手を沿道で応援しないかと同じクラスの河西から誘われたのは、阿部選手と同姓同名の阿部満でした。もっとも名前は同じでも、クラスでは後ろから二番目に足が遅い満。有名なマラソンランナーと同姓同名ということでからかわれたり、ずっと面映ゆい思いをしてきました。応援団に誘われても複雑な気持ちだった満も、気になっている女子の宮崎さんも参加するということを聞いて、次第に乗り気になっていきます。これまでは、仲のいい田辺と二人で、今は流行遅れになっているペーパープレーン飛ばしに夢中になっていた満が、君が参加しなければ阿部満応援団にならないし、是非、リーダーになってくれ、なんて頼まれてしまうとは。足の遅い田辺は応援団に誘ってはいけないと言われ、おのずと距離を置くことになったものの、耳たぶが大きいことだけが自慢のさえない田辺とは違う、クラスの活発な子たちの集まりがやけに楽しく、満の心はすっかり浮き立ってしまっていました。
そんな満の心に魔がさします。阿部選手の応援のための相談をしながら、宮崎さんがいつも注目しているのは、河西のことでした。頭が良く、それなのに、えばったところのない、性格のいい河西。みんなから集めた応援団の会費、三千円が入った小銭入れを、一瞬の隙をつき満が隠してしまったのは、そんな河西をちょっと困らせてやろうという思いつきからでした。小銭入れを失くしたと思った河西は必死にさがし続けますが、どこからも出てきません。すっかり大騒動になってしまい、満は返すタイミングを失ってしまいます。後悔を募らせ、ちゃんと謝ろうと河西の家まで行った満は、他の応援団のメンバーたちが集まって相談していることに気づき、隠れて聞き耳を立てます。お金を盗んだ犯人は満じゃないかと疑われている上に「仲間にしてやったのに」などと、満のプライドを傷つける言葉が沢山、ささやかれている。怒りに我を忘れた満は、飛び出して河西を押し倒し、何度も蹴りつけ、暴力に訴えます。さらにリーダー権限をふりかざそうと満がしたことで応援団の関係は悪化し、解散をよぎなくされます。この事件で、満は教室での立場を失い、他の生徒たちからも無視されるようになります。応援団のメンバーだった内藤から、声をかけてもらえたと思えば、楽しみにしていた応援をぶち壊しにしたことをなじられ、応援の準備にかかった費用を弁償しろと迫られる始末。いつの間にか、クラスでは田辺のペーパープレーンが人気の中心となって輪が作られていました。でも、もはや満はそこに入っていくこともできません。すっかり自暴自棄になって、ついには隠してあったあのお金を散財してしまおうと考えた満。その時、彼はシティマラソンを走る阿部満選手の姿を見かけます・・・・・・。
悪い夢を見ているような展開に震撼させられます。人気者にまつりあげられ、調子に乗ったところで、階段を外される。いや、自分自身で踏み外したのです。悪いのは九割方、満です。この作品が道徳の授業の教材だったら、満のどこがいけなかったか、班別にディスカッションして、発表させられたりするのでしょう。ボロカスに満は叩かれるはずです。それでも話し合うべき論点は、これからどうやって満は失地回復すべきか、でなければなりません。少年時代はよく魔がさします。時として、思わぬ悪事に手を染めることもあります。その動機がつまらない嫉妬心や虚栄心であることも往々にしてあって、嘘をついてしまったり、何かをくすねてしまったり、意地悪な気持ちになって、人に嫌がらせをしたり、いじめてしまうこともあるかも知れません。その時、子どもの心が何も感じず、平然としていたのなら、それはまた別の次元の問題として対処する必要がありますが、グズグズになってしまったダメな自分を反省しながら、どうしようもなくなっている姿には、手を差し延べたいと思うのです。この物語は最後に、ごくわずかな救いを満に与えてくれます。ただ、ここから自分自身で立ちあがらない限り、失地は永久に回復されず、罪悪感に苛まれ、人からは軽蔑されたまま過ごすことになるのです。リアリズムの生活半径の中で、実際的に問題を解決していくという苛酷な冒険が、これからの満には待ち構えています。みなぎる緊迫感に大量の冷や汗を得られる傑作です。