星くずクライミング

出 版 社: くもん出版

著     者: 樫崎茜

発 行 年: 2019年11月

星くずクライミング  紹介と感想>

障がいがある人を特別視しない、わけにはいかないのです。差別はいけないというのは前提として、フォローやサポートするためには、意識して気遣わなくてはならないからです。とはいえ、その適切な匙加減をずっと難しいと思ってきました。学生の時、全盲に近い弱視の方と知り合いになったことがあって、年賀状を出すべきか悩んだあげく、かなり大きな文字で文面を書いてみたのですが、投函後、なんだがとても失礼なことをしてしまったような気がして、その後、疎遠になったことがあります。全くもって距離感がつかめなかったのです。全盲の人に、対象物がどんな形なのか説明をするとしても、色にまで触れるかは悩むところだし、まして、その色の美しさについては黙っておくべきだろうと思ってしまいます。相手が決して届かないところにあるものについてまで触れるのは失礼、というか、残酷なのではないか。本書は、そんな頑なになってしまいがちな意識が、少しほどける物語です。たとえば目前にひろがる星空の美しさを伝えること。宇宙に点在する恒星の配列を、地球からの見え方だけで、星座の物語を見出したのは人類の想像力です。星と星との実際の距離には意味がなく、ただ感じとられたものだけがある。そして、煌めく星空には、その輝きとともに物語がこめられている。それを見ることができるのは、視力があるからだけではなく、心の資質も必要です。見えているけれど見えない人もいれば、見えないけれど感じとれる人もいる。誰かを自分がナビゲートすることの意味を、深く考えさせられる物語です。自分には見えている世界をどう伝えるか(まあ、本の感想文も似たようなところがありますが)、人の心を動かすことができるか。そこにあるサムシングに惹き寄せられます。全盲の少年のスポーツクライミングをナビゲートする少女の物語は、壁に点在する手がかりの岩(ホールド)を星座に見立て、見るだけでは見えないものを見ていきます。二人の激しいぶつかり合いと、その先にある淡い共感が花開く物語です。人が覚悟を決めた時のカッコ良さを是非、見ていてください。

小学四年生の時にスポーツクライミングに出会い、競技を始めてから三年。あかりは全国大会に出場し、上位入賞を争うまでの選手に成長していました。それがこの一月の大会で怪我を負い、優勝を逃すと同時に、恐怖心で競技を続けていくやる気を失っていたのです。気落ちしているあかりに、お母さんは、通っているジムで開催される障がいのあるパラクライマーとの交流イベントに参加してみることを促します。全盲の人が壁を登ることなんてできないと思っていた、あかりは、そこで、登り手であるクライマーと指示を出すナビゲーターがコンビを組んで、壁を攻略していく姿に驚きます。実際、あかりもナビゲーターを務めてみますが、目が見えない人がわかるような的確な指示をうまく出せません。方向、距離、ホールドの形を素早く伝え、クライマーの体力を浪費させないためには、熟練した技量が必要なのです。あかりがコンビを組んだのは、同じ中学一年生の男子である昴。初級者ながら、細身で手足が長いクライミング向きの体型をした全盲の少年で、その資質を期待されていました。ただ、彼のあかりへの態度は挑発的で無愛想なものでした。パラスポーツに触れることで、いい人ぶりたかったのだろうという口ぶりや自分を卑下したような態度。それでもどこか、あかりは昴のことが気になりはじめていました。もっとできるはずなのに、途中で登るのをあきらめてしまっていた昴に、あと少しでクリアできることを伝えたくなったのです。どこか荒れた気持ちを抱えている昴に、あかりはクライミングウォールがカラフルな星空のように自分には見えるのだと伝えます。星空を登っていく昴と、あかりの二人三脚は上手くいかないながらも続き、次第にあかりは、昴に自分との共通点を感じ始めていきます。悪態ばかりの昴が、それでも少しずつ、身体だけではなく、その心もまた、あかりに動かされていくのは言葉通りです。頂上を目指して、星空みたいにきれいなウォールを、ふたりで旅するのだ。あかねのその強い想いは昴にも伝わっていきます。二人のパートナーシップが育っていく姿と、あかね自身が自分を回復していくプロセスが重なり、頂天を極めるクライミングの達成感と歓び、そして煌めく星空のようなウォールに美しく彩られていく物語です。

遠慮なくぶつかり合えない、というのが、気遣いの悪弊です。障がいがある人と健常な人とでは立ち位置が違うものだから、とか言い出すと越えられない壁を登らないで諦めることになります。障がいがあるにも関わらず、不屈の精神で壁を乗り越えられている方たちを見ると、自分の不甲斐なさに情けなくなってしまうのですが、これは自分が健常者だから自分の方ができるはずという、根拠のない驕りなのだろうと思います。もともと自分は優越的な存在などではないのだということを思い知って、不屈の人たちをリスペクトすることが大切なのだろうと思います。その上で自分でもサポートさせてもらえることがあれば良し、あたりが自分の暫定的なスタンスです。障がいのある人とのパートナーシップを描いた物語では、福田隆浩さんの『熱風』が見事です。耳が聞こえない少年と、健常者である少年がテニスのダブルスでのパートナーとなる物語ですが、健常者の少年のコンプレックスが読みどころで、二人がぶつかり合いながら、関係性を築いていく姿が実にニクい作品でした。そもそも人とぶつかり合うこと自体が難しい全方位配慮の時代です。一方で人を見下しがちだし、勝手に諦めてしまいがちです。障がいのある人と健常者のパートナーシップというケーススタディは、汎用性がある論点をたくさん孕んでいて、人間関係の根幹と、そこにある交歓を純粋に描き出しているようにも思います。本書もまた、人との関わりの中で自分自身を回復し、難しい相手との関係性を築いていく力強さのある作品です。諦めないこと、挫けないことは所詮、無理だという前提もまた文学的ではあるのですが、児童文学的には希望を灯してもらいたいと思うものです。