母さんがこわれた夏

Die Füchse von Andorra.

出 版 社: 徳間書店

著     者: マリャレーナ・レムケ

翻 訳 者: 松永美穂

発 行 年: 2013年04月

母さんがこわれた夏  紹介と感想>

四つ子の物語。男女二人ずつの四人の兄弟姉妹。それぞれ見た目も個性も違う四人は、十歳にして人生の岐路を迎えていました。といっても、ドイツでは小学四年生を終えたところで、将来の方向性に合わせて、それぞれ違うタイプの学校に進むそうなので、これは、誰しもが迎える人生の分岐点のなのです。長女であるゾフィーと、兄弟で頭が一番いいヨナタンは、大学進学を目指すギウナジウムへ。身体が大きく、いつも食事のことばかりに関心が向いているフェリックスは事務系の職業に進む実科学校へ。小さくて、話す声も小さいフレデリーケは養護学校を薦められたものの、とりあえず、基幹学校へ進むことになりました。進路は分かれたものの、それでも変わらずに仲が良い四人。未熟児に近い状態で生まれた四人を、母さんはずっと心配してきました。小さな頃から、健康診断で四人の結果に「違い」があるだけで、すごく気になってしまうのです。そんな母さんは、この頃、目に見えて様子がおかしくなってきています。タクシー運転手で、話好きのお父さんは、いつも陽気でユーモラスなつくり話をして四つ子を楽しませてくれるのですが、家族の団欒の時間でも、母さんは沈みがちです。不安そうに、どこか遠くを見つめるような目をして、将来の話をしない母さん。敏感なゾフィーは、しだいにおかしくなっていく、母さんの異変に気づき始めていました。

母さんは体の具合が悪いというわけでもないのに、元気を失くし、引きこもりがちになっていきます。家族で一緒にでかけた夏のフィンランド旅行は楽しいイベントでしたが、母さんの心はそうした楽しみから遠く離れていくようです。母さんは、この休暇で自分の具合の悪さに気づいてしまったのかも知れないと、父さんは言います。みんなが明るく楽しい時間を過ごす中、自分だけが気持ちを添わせることができなっていることを、母さんはわかってしまったのだと。母さんが「うつ病」という病気なのだと聞かされたゾフィーは、自分たちのせいで母さんがこんなふうになってしまったのかと心配します。自分たちは手がかかるし、四人の進路が違うものになってしまったことも母さんに負担をかけているのか。なぜ自分が泣くのか、自分でも意味がわからないまま泣いている母さんに、フレデリーケも敏感になっていきます。やがて母さんは「みんなのことをとても愛しています」というメモを残して、病院に入院してしまいます。母さんを励まし、なぐさめるためにどうしたら良いのか。四つ子と父さんは自分たちで家事をこなしながら、母さんのお見舞いにも通います。それなのに母さんは、どうも、家族と顔をあわせているのがつらいようなそぶりも見せるのです。母さんに早く治って欲しいけれど、決してせかしてはいけない。心を手術して治療することができない「うつ病」という病気の難しさを感じながら、家族は、母さんと一緒にゆっくりと歩んでいきます。母さんが再び笑えるようになる日を信じながら。果たして、この物語の終わりには、その日がちゃんとやってくるのでしょうか。

この物語は、作者のマリヤレーナ・レムケさんが、子ども向けに、うつ病のことを書こうと意図したものだそうです。それでも「うつ病のことを書いても、読んだ子どもたちが悲しくならないようなお話にしたい」と考えていたと、あとがきに書かれています。あとがきは先に見ない方なので、ずっと心配しながら読んでいました。うつ病は最悪の結末もありうる病気です(精神を病んだ親と子の関係を描いた物語は、イヤな予感につきまとわれます。たとえば『太陽の子』のようなこともあるわけです)。結果として、絶望的な結末にはならないので、ほっと胸をなでおろせるのですが、それほど、うつ病を扱う作品は他の死に至る病と同様の心配があるのです。この病気は押しても引いてもダメだし、特に、周囲との気持ちのすれ違いが大きくて、家族との不和も生じます。家族の心配する気持ちや、早く治って欲しいという態度などが、負担になってしまったり、時にはそれを悪意にとって、自分が追いつめられているように曲解することもあります。要は全然、まともな精神状態ではなくて、とくに自分を心配してくれている人たちの気持ちを正しく汲み取ることが難しいのです。つまり、「人の気持ちがわからなくなる病気」です。子どもからしてみると、母さんがどうしてあんな態度をとるのかわからないことが多いと思います(最悪、近くにいる子どもは非常に傷つくことになるでしょう)。人の意見を、まともに聞く耳を持てなくなってきて、自分勝手になっていく。最悪、勝手に死んだりします。あの状態を人間として「こわれている」というのは、言い得て妙なのですが、この邦題はどうかなあ、と思うところもあります。「ふさぎこんだ」ぐらいでも良かったのではないのかと。「こわれる」というのは機械に対して使う言葉ですしね。僕は自分の家族や自分自身がそういう状態だったことがあるので、実感としてこの状況が良くわかりますが、この作品を読んだ子どもたちにはどう伝わったか。四つ子のそれぞれの個性を描くエピソードや、主人公であるゾフィーの友人関係など物語的な要素も盛り込まれていて面白いのですが、メインテーマがテーマなので、物語としては、ややバランスが難しいものだと思いました。