お庭番デイズ

 

出 版 社: 講談社

著     者: 有沢佳映

発 行 年: 2020年07月

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「寮生活」というファンタジー。たとえば宝塚歌劇団や新日本プロレスのファンの方は、その関心が次第に生徒や選手の寮生活に向かうことになるのではないかと思います。宝塚なら音楽学校時代、新日なら新弟子時代。誰と誰が同室だったとか、同期や先輩との関係性や、レアなエピソードなどは、舞台や試合を見る上でのプラスアルファになるはずです。他の各種団体でもきっと、そうした寮生活ファンタジーがあるのかと想像しています。社員寮はなんとなくウンザリするイメージですが、学生寮には少なからずロマンを感じるところがあるのは、揺籠期の希望が漲る場所だからでしょう。謎の伝統があったり、独自のルールがあったりと、色々と不自由さや理不尽さもあるけれど、そこには一瞬しかない現在と、未来の可能性が繋ぎ止められている。ありていに言えば、どうにも楽しそうな、青春っぽい場所なのです。この物語は私立の中高一貫校の女子寮を舞台にしています。一年生から六年生までの六十人以上の女子が暮らす大所帯です。異年齢集団の上下関係もあることはあるのだけれど、上からの圧力やハラスメントではなく、下からの純粋なリスペクトによって成り立っています。なにせ、寮にいると言われている幽霊だってレイコ先輩だし、寮の飼い犬だってミルフィーユ先輩として敬意を払われているあたり、半端ないのです。おかしな先輩たちを見守る下級生の憧れ視線や、同期愛もあるし、なによりも寮への愛着が並々ではない。要は、前述したような寮ファンタジーとロマンの理想郷がここに現出しているのです。寡作の児童文学作家であり、その卓越したセンスでも知られる有沢佳映さんの三作目は、女子寮を舞台にしたコメディタッチの上下巻の大ボリューム。病みつきの面白さを、是非、体感していただきたいところです。

私立の中高一貫校逢沢学園の女子寮。その慌ただしい朝の風景から物語は始まります。主人公のアスこと明日海(あすみ)は一年生。夏休みを終えて、実家から戻ってきた二学期の寮生活の始まりに、寮集会で驚くべき使命を与えられることになります。お庭番。それは、逢沢学園女子寮のモットーとして石碑にも刻まれている「ピープル・ヘルプ・ザ・ピープル」の人助けの精神を体現したもの。学園のトラブルを解決するための情報収集役としての密命を任じられてしまったのです。女子寮のお笑い担当でもあった三バカ先輩たちの跡を継ぎ、この栄誉ある役職を拝命したのは、アスと同じ101号室の三人組。お調子者で太鼓持ち的性格のアスと、美少女だけれど小学生男子のような性格の侑名(ゆうな)。そしてボーイッシュだけれどおとなしい恭緒(たかお)。人のダークサイドや困ったことが苦手なアスとしては、全力で断りたいところなのですが、一風変わった先輩たちから寄ってたかって説得され、このおかしな役割を引き受けることになってしまいます。この押し問答だけで上巻の半分を費やしますが、寮の仲間や先輩たちのキャラクターとセンスのある洒脱な会話のノリの良さにぐいぐい読まされます。三人組が乗り出す事件もまた、たわい無いものばかりですが、当事者たちはそれなりに心を痛めていて、そこを真摯に汲み取って、余計なお世話を焼いていくのも面白いところ。先輩の恋愛騒動あり、世代を超えた女子の友情あり、学校の怪談もあり。寮のみんなで第二寮歌のラップで盛り上がる熱狂など、こんな楽しい毎日が永遠に続けばいいのに、と思いながら、繋ぎとめられたこの一瞬にファンタジーを感じてしまうのです。

この物語から氷室冴子さんの名作ジュニア小説『クララ白書』を想起させられる方は少なくないと思います。やはり私立の中高一貫校の「寄宿舎」を舞台にした、女子三人組の物語です。三人が難題を与えられて、それを解決していくあたりも一緒だし、個性的なニックネームで呼ばれている「先輩方」へのリスペクト感覚にも通じるものがあります。そこには吉屋信子などの大正期の少女小説が踏まえられていて、さらに源流を意識させられます。『クララ白書』の三人のバランスに比べると、主人公以外の二人がやや大人しいというのが、本作に抱かされる印象です。とはいえ、40年も経てば、当然、女学生気質も変わるものでしょう。とはいえ、『クララ白書』もリアルタイムの学生生活とは少しかけ離れた「理想」が描かれていた感がありました。本書もまた、現代の学生生活ではありえないような理想郷を描いているのだと思います。『アナザー修学旅行』で作者が描いた、ドライで殺伐とした学校生活の中で、微かに仄めいた希望は、ここでは揺るぎなく疑うところのない日常なのです。つまり善意と肯定感が全開で漲っている。ちらちらと学校というものの持つダークサイドについては話題に出ます。小学校時代にいじめに遭っていた子もいます。そんな辛い思いをした子もまたここでは愛されているのです。みんなで馬鹿馬鹿しいことをバカにせず、目一杯、楽しむ。この寮では、しらけてなんていられません。ダークサイドの闇を意識するからこそ、その光は貴く灯ります。闇を潰していくのは強い意志です。ともかくも世の中の無常を蹴散らす女子パワーに圧倒される上下巻です。