スマート

キーラン・ウッズの事件簿
Smart.

出 版 社: 評論社

著     者: キム・スレイター

翻 訳 者: 武富博子

発 行 年: 2016年10月


スマート 紹介と感想 >
キーランは男の子。意地悪な継父と義兄に虐められながら暮らしていました。と書くと、なんだかお伽話みたいだなと思うのですが、現代のリアリズムだと、それは、かなり由々しき状態です。ことあるごとに殴られるし、大切にしているものは奪われて壊される。低脳と罵られ、食事も満足に与えられず、テレビも見せてもらえない。母親はキーランに優しくしてくれますが、やはり、夫であるトニーに虐げられ、働いたお金もすべて取り上げられています。そんな状況でありながら、意外にも、なんとかやり過ごしているのがキーランです。キーランはちょっと変わった子です。低脳なのではなく、他の子とは物事の理解の仕方や、表現方法が違っているのです。学校では、いつも補助教諭に付き添われている特別な子ではあるのですが、妙にフランス語の発音がうまかったり、一度見たものを記憶して、写実的な絵で再現できる特技もありました。明示されてはいませんが、おそらくキーランは高機能性自閉症、アスペルガー症候群です。学校ではからかわれ、バカにされ、友だちもいないけれど、独自のユニークな感性で、世の中を感じとっていくキーラン。その視線の先に見い出されるものは何か。物語はキーランが、ある事件に遭遇したことから動き出します。その独特な感性と洞察力と特殊な能力で、事件を解決しようとするキーラン。無茶苦茶な家庭環境で、障がいも抱えつつ、事件の解決に挑む少年探偵でもあるという、複雑な要素が巧妙に溶けあったこの物語を、是非、ご覧ください。

キーランが発見したのは川で溺れて死んでいたホームレスの男性。しかし、警察はそれを事件性があるものとは考えていないようです。男性が殺されたと主張するホームレスの女性のジーンさん。「頭がおかしい」と言われている彼女は、誰にも相手にされません。テレビの「CSI:科学捜査班」シリーズが好きで、将来は報道記者になりたいと思っているキーランは、この事件の真相を追求しようと捜査を開始します。キーランの思考は普通の人と多少、異なっています。精密に記録し、整理し、証拠を分析する。その思考によって普通の人では気づかないことにも到達します。さらにキーランには優れた描画能力があり、精密なモンタージュを作成することもできます。浮かび上がる犯人像。決定的証拠を掴むため、キーランは、親しくなったウガンダから来た転校生のカーワナとともに、危険な潜入捜査を敢行します。さて、その一方で、キーランは義父のトニーの怪しい行動にも気づきはじめています。キーランの母親を働かせ、自分は何もせず虐待するだけのトニー。キーランが大好きなおばあちゃんと会えなくなってしまったのもトニーのせいなのです。殺人事件と家庭問題と、難題を抱えるキーランが、その思考を整理するプロセス自体がこの物語の面白さになっています。タイトルの「スマート」は、ここで「かしこい」という意味で使われています。それは、低脳と嘲られていたキーランに最後に与えられる称号です。そんな結末の待つ、痛快な物語です。

アスペルガー症候群の少年の主観で、事件の謎を解いていく作品というと、『夜中に犬に起った奇妙な事件』や『マルセロ・イン・ザ・リアルワールド』などが思い出されます。この二作品は、その主人公の独自の資質によって、容赦なく事件の真相を暴いてしまったがために引き起こされる状況が描かれていきます。「普通、そこまでやらない」ことをやってしまう主人公だからこその物語。そうした作品と比べると、この物語はそれほど深淵を覗き込まない安心感があります。まだ「痛快」の範囲で収まっている。キーランの母親の心の裡にやや闇を感じる程度です。DV夫から子どもを連れて逃げることができない、その心性が気になりますが、深く追求されていません。過酷な状況ではあるものの、明るい心性を持ったキーランの前向きな生き方が、読者に希望を与えてくれます。考えてみると、古今の本格ミステリーに登場する探偵たちは、鋭い推理力はあるものの、やや社会性に欠ける人たちが多く、それがまた魅力であったかと思います。ちょっと個性的な子、で済ますことができず、病名や障がいとして、括ってしまいがちな昨今の読書ですが、それの症状自体を主題としないことがポイントかなと。キーランはキーランであって、実に彼らしい彼、なのですから。