いっしょにアんベ!

出 版 社: フレーベル館

著     者: 髙森美由紀

発 行 年: 2014年02月

いっしょにアんベ!  紹介と感想>

この物語の主人公、小学五年生のノボルの「孤独感」について、とても感じいるところがあります。クラスで親しい友人を作ることができないのは、彼が「蔑まれている」ことを意識しているからです。小学二年生の時に近所の家に忍びこみ、柿の木の上に登り、そこから落ちたことは、色々な意味で彼を転落させることになります。「柿どろぼう」と思われて、馬鹿にされるようになり、また、その時のケガの後遺症でやけに転ぶようになってしまい、運動をすることができず、体育も見学しがち。五年生になっても運動部に誘われることもない。ひとりぼっちで仲間もいない。教室では自ずと底辺へと追いやられているような気になってくる。ひとりでいることは自由だなんだと思いながら、やはり淋しさや、こんな立場に置かれていることへの悔しさを隠せない。ポケットに手をつっこんで、背を丸め、ひとりで歩く主人公の、それでも虚勢を張った心持ちが、なんとも切なく感じられる物語の導入です。そんなノボルのマインドが、一つの出会いによって変わっていきます。両親も飼い犬も友人も、すべてを失った少年の孤独は、ヤワな孤独感とはレベルが違います。そんな孤独を生きている同い年の少年に、孤独感に沈んでいるノボルはどんな眼差しを向けていくのか。二人の関係が深まり、少年たちの心のキャパシティが広がっていくプロセスをじっくりと読ませてくれる、第15回ちゅうでん児童文学新人賞。2013年の受賞作であるということに、大きな意味のある作品です。

両親がノボルに告げたのは、「あの震災」で被災した、ノボルと同い年の少年を家に預かるということでした。震災後の津波によって家を失い、両親も行方不明のまま、施設で暮らしていたという少年です。自分の部屋を半分にシェアして、明け渡さなければならないことにノボルは不満を覚えます。やってきたのは、いがぐり頭で痩せて猫背の少年、有田ケイタ。すごく訛っていて、手にしたデジタルカメラでやたらと写真を撮る。そのとぼけた行動や何を言っているのかよくわからない言葉に、ノボルはいらだちを募らせます。学校でも同じクラスとなった有田を、それでもノボルは心配することになります。こんなおかしなやつはイジメられてしまうのではないのか。しかし、有田のおかしな自己紹介は意外にもウケて、人気を博していきます。自分に向けられるクラスの視線はいつも冷たいのに、有田には温かいことに、ノボルは嫉妬を覚えます。自分がクラスから取り残されていることをより意識していくノボル。それでも、いつも自分をクラスでのけ者にしている石亀と半藤が有田に声をかけてきた時、ノボルは警戒感を覚えます。石亀に「柿どろぼう」だと言いふらされて、立場を失ってしまったノボルは、有田にも何か危害が加えられるのではないかと不安になったのです。有田に反発しながらも心配してしまうノボル。教室からいなくなった有田を探すノボルの、その追い詰められたメンタルが希求しているものを、読書が次第に感じとれる構成が見事です。とぼけているようで、深く深く傷ついている有田の心中に近づいた時、ノボルはどんなスタンスをとることにしたのか。複雑に屈折した心の状態であるノボルが、有田の心に近づき、自分を解放していくきっかけを掴んでいくプロセスが実に見事な物語です。

東日本大震災の当時、新聞やニュースで日々、発表される「行方不明者」の膨大な数字が、次第に減っていき、「死者数」が増えていったことを覚えています。未だに「行方不明」のままの人たちもいることを思うと、そのステータスに生存の期待をかけられるものではないことを思い知らされます。この作品が刊行される一年前の2013年2月という、かなり早い段階で、震災で母親が「行方不明」になった子どもを主人公にした『パンプキン・ロード』が刊行されています。明確に亡くなったわけではない、というところに希望をつないでも良いのか、それとも児童文学的な配慮なのか。その中途半端な状態も共に受け入れなければならない過酷さを思います。この文章を書いている2021年時点では、10年を経て「あの震災」を描く物語が多数登場し、被災した子どもたちを見つめる子どもたちもまた描かれてきたことも見知っていますが、この『いっしょにアんべ!』のアプローチの先見性と深さを思い知らされます。また当事者としての有田の熾烈な体験の描写も他に類を見ないものです。有田の孤独に比べれば、ノボルの孤独感はそれほどではないものかも知れません。とはいえ、隘路に陥ってこじれてしまった子ども心もまた労しいものです。ノボルが有田の心に近づいたように、有田もまたノボルを知り、その心の奥にあるものを見つけ出してくれたのです。やがてノボルは、自分に意地悪く接する石亀や半藤の態度の裏にあるものも新酌していくことになります。人は傷ついた時、自分を守ろうとするようになるものです。自分に閉じこもることも、攻撃することもある。子どもは拗れてしまいがちだし、不幸な関係も生まれます。そこからの再生の希望もあるのだと信じられる物語です。「いっしょにアんべ(行こう)!」というタイトルの素晴らしさに、読後にしみじみと思いをめぐらせることになると思います。大人たちの子どもたちへの接し方なども興味深い作品です。深く傷ついた子どもに対してどう接したらいいのか。大人もまた戸惑い続けるテーマだと思いますが、自ら回復していく彼らの自力の力強さも信じて良いのではないのかと思えるはずです。