そらのことばが降ってくる

保健室の俳句会

出 版 社: ポプラ社

著     者: 高柳克弘

発 行 年: 2021年09月

そらのことばが降ってくる  紹介と感想>

本書の表題「そらのことばが降ってくる」は、物語の要素が非常に巧く掛け合わされた見事なタイトルです。「そらのことば」とは、この一節が登場する文脈上では「雪」の暗喩なのですが、同時に、物語を通じて深まった子どもたちの関係性を表す秀逸なフレーズです。そんなふうに言葉の技巧をこらすことの魅力が「俳句」を題材にした物語の中で語られていきます。文学や言語芸術に造詣が深い方は、派手なレトリックには空々しさを感じるものかも知れません。表現や鑑賞力を鍛錬していくと、表現に凝ること自体をしゃらくさく感じることもあるでしょう。言葉は余計に飾らない方が良い。とはいえ、ご自分が初めて「言葉」が織りなす表現の世界に出会った時の衝撃を思い出してもらいたいのです。この物語は、あえて言葉にこだわり、人の心にもたらされるものを描き出していきます。主人公の少年の言葉への感覚が成熟していくあたりも見どころです。「言葉の森」に足を踏み入れることになった思春期の慄き。それはスポーツや音楽にうちこむ青春とはまた違った趣があります。「言葉」を閃かせ、人の心に響き渡らせること。人からぶつけられた「言葉」に傷ついて、心を塞いでしまっていた主人公の少年は、「言葉」を磨き上げ、仲間たちと俳句を作ることを通じて救われます。言葉は多義的なものであり、コンテクスト次第で色々な解釈ができます。繊細な感受性は、否応なく人の気持ちをその言葉の裏に読み取ってしまいます。人の言葉にも傷つけられがちな資質ですが、その豊かな感性で、言葉の世界に遊ぶこともできるのです。なによりも、言葉を交わすことで、人と人との関係性は深まっていきます。俳人である著者による俳句入門の物語ということを越えて、児童文学作品として見事に完成された作品です。傷ついた少年が、新しい世界に踏み出していく瑞々しさに溢れた物語。少年の成長ぶりが眩しく、そんな季節を羨ましく感じます。

中学二年生の男子、川井ソラが保健室登校を続けているのは、一年生の時に同級生たちからイジメられたことが原因です。鼻の下のある大きなホクロを「ハナクソ」と揶揄われはじめ、次第にエスカレートしていくイジメに、ソラは耐えられなくなったのです。二年生になり、いじめていた同級生たちとクラスが分かれても、ソラの心は癒えず、教室に通うことができません。そんなある日、保健室でソラは、同じ二年生の男子、ハセオと出会います。保健室にくるハセオもまた、気まぐれに教室を抜け出しては校内を漂流している変わった子でした。小学一年生の頃から俳句に打ち込んできたというハセオは、謎句(なぞく)というクイズめいた俳句に答えさせようとしたり、ここで一緒に句会をやろうなどと提案します。保健室の北村先生を入れても三人しかいないし、そもそもソラは俳句には興味はありません。最初は全力で拒否していたソラでしたが、ハセオが解説してくれる俳句の世界に、どこか興味を抱きはじめます。言葉に趣があるのではなく、言葉は自分で輝かせるものなのだというハセオ。かつて人の言葉に傷つけられたソラもまた、言葉というものの可能性を俳句に感じて、次第にハセオにも心を近づけていきます。さて、北村先生も入れて三人で句会を行っていたところに、新たに、二年生で弓道部の部長である榎本ユミが入会を希望します。全国大会で三位にもなった弓道部のエースのユミ。俳句の経験者でもあるユミとハセオは、句の評価をめぐってぶつかりあい、句会は盛り上がっていきます。ソラは、ユミにもまた心の事情があることを知り、彼女の俳句に込められたものを、そこに照らして感じとります。句会の評判を聞きつけた校長先生が、中学校で新春俳句大会を開催すると宣言します。句会のメンバーは良い句を提出しようと意気込み、句会の開催を増やしますが、そこに、一年生の時にソラをイジメていた少年が現れたことで、ソラは激しく動揺します。それでも俳句を通じて成長しつつあったソラは、自分に向き合い、その思いを俳句に託して表現します。ソラの乱れた心が次第に整っていくプロセスが俳句から垣間見え、ハセオもそれを読み解いていく。そんな二人を見守るユミの視線など、俳句を通じて中学生たちが、互いを思いやり成長していく姿が麗しい物語です。

ソラは、言葉が心の中で化学反応を起こすのだと俳句を通じて考えるようになっていきます。言葉に傷つくこともあれば、その組み合わせで、きれいな世界を見ることもできる。俳句とは、ひとりでつぶやくものではなく、誰かに向けた挨拶なのだとハセオはソラに教えてくれました。いい俳句を誰かにぶつけていこうとソラもまた思います(そしてハセオは「そらのことばが降ってくる」と受けとめていたのです)。孤高の芸術ではなく、表現を通じてコミュニケーションするツールにもなる俳句。ひとつの俳句をめぐって、互いに意見を出しあい、より良い表現に育てていこうとする姿勢など、中学生たちが言葉に真摯に向き合っていく姿が描かれます。俳句の入門編として、どのように表現を研ぎ澄ませていくべきかなど、子どもたちが試行錯誤していくプロセスから俳句自体の魅力を感じとることもできます。かつて自分をいじめていた少年に対する気持ちを俳句に託したソラは、当初は感情をむき出しにしたストレートな作品を作ります。そこから次第に表現が洗練されていく。そこに彼の気持ちの成熟も見えます。ソラが熟考の果てに俳句大会に提出した句など、ケレン味もなく、それでいて心の声が響いてくる出来映えとなっています。自分をいじめていた相手と向きあう。理不尽な悪意をどう飲み込んで、納得したらいいのか。そんなことは大人になっても納得いく正解はわからないでしょう。それでもソラは、自分の気持ちを整えて、俳句として昇華させていきます。ハセオもユミもまたそれぞれに傷ついた経験があり、人の気持ちには敏感です。それぞれの視線が交錯し、お互いを見守っていく。その視線は、かつてソラをいじめていた少年にも注がれます。言葉で遊ぶ楽しさだけではなく、生きることの痛みに向きあう俳句入門。紹介が長くなりすぎました。だらだらと語らなくても句友には伝わるものだと本書にはあります。一言だけ。是非、ご一読を。