<ヤギ>ゲーム

The goats

出 版 社: 徳間書店

著     者: ブロック・コール

翻 訳 者: 中川千尋

発 行 年: 2002年02月

<ヤギ>ゲーム  紹介と感想>

いじめられた時、まず守らなくてはならないのが自尊心です。一度失われた自尊心は戻ってこないので、回復もできなくなります。対処法としては、真っ向からたたかうか、完全に無視することです。ここで惨めな気持ちにさせられたら、いじめる側の思う壺なのです。とはいえ、いじめる側の心の闇の深さが見えないために、受け止める側は、疑心暗鬼に襲われます。 そして、いじめの対象になった自分を、自分で貶めてしまうので、それにはなんとか抗うべきなのです。本書では、主人公の少年少女が、サマーキャンプに参加中、服を脱がされて、全裸で湖の小島に置き去りにされるという、過酷ないじめを受けます。そんな目に遭う、正当で合理的で納得できる理由があるとすれば、自分はそんな目に遭わされても構わない人間である、ということです。ただ、それを認めて、震えながら助けてもらえるのを待っているというのでは、いじめる側の思惑通りなので、ここで抵抗を試みなければなりません。とはいえ、全裸です。しかも一緒にこの酷い目に合わされたパートナーに異性は、よく知らない子です。思春期的にはより難しい状況です。少年と少女は、この窮地をどう切り抜けたのか。もちろん、二人は、このいじめに抗います。いじめた奴らを見返すことで、奪われた自尊心を取りもどさなければならないからです。ヤングアダルト作品で描かれた、いじめ史上最悪の状況の中、少年と少女の抵抗の道行が始まります。この艱難辛苦を経ながら、自分を見つめ直し、互いを思いやり、成長しながら、友愛を育てていく姿が、実に愛おしい物語です。

十四歳の少年、ハウイは、サマーキャンプに参加していましたが、バーベキューの準備中に突然、他の少年たちに襲いかかられて、全裸にされ、湖に浮かんだ孤島に置き去りにされるという、ひどい目に合わされます。同じ島には、やはり全裸にされた少女、ローラがいて、二人は自分たちが、このキャンプの恒例のいじめである〈ヤギ〉にされたことを知ります。このまま時が経って、助けてもらえるのを待つか。それとも、自分たちをこんな目に合わせた子たちを見返すために行動を起こすか。二人は後者を選ぶことになります。何もなかったようにキャンプに戻って、涼しい顔でダメージがないフリをする。とはいえ、まずは湖を泳いで渡って、衣服を手に入れなければ、動きようがありません。二人は対岸に渡り、空別荘に忍び込んで、かろうじて身にまとうものを調達します。これは窃盗であるという罪悪感はあるものの、背に腹はかえられません。時折、仕方なく物を盗んでは、まるで逃避行のような道行を続けながら、お互い知らない同士であったハウイとローラの二人は多くの言葉を交わしていきます。背が低く内気な少年であるハウイと、やや大人びたローラ。互いに家族のことで、心に屈託のある二人は、それでも、この窮地を切り抜けながら、心を通じ合わせていきます。あまり経済的に豊かではない子どもたちが参加する公共キャンプに紛れ込み、そこの子どもたちと関わることになったり、食料を調達するために危険な橋を渡ることになったりと、二人はより二人が仲間である意識を強くしていきます。互いを叱咤し、諌め、励ましながら結ばれていく友愛。彼らを捜すキャンプの大人たちの思惑も交錯させながら、二人の放浪は四日間続き、やがて、終局を迎えます。ここで二人は離れ離れになっても、交わした約束はいつか果たされる。そんな未来が希望としてここに残されます。

ハウイもローラもあまり社交性のない子どもです。シングルマザーの母親の過干渉の下、育ったローラも、両親が歳をとってから生まれた子であるハウイも、どこか親の愛情を素直に受けとめることができておらず、行き違いが多いまま、自ずと、自分自身の存在について悩める子どもになり、他者との関係を構築することも上手くできてません。集団行動が苦手なそんな子たちが「同い年の子ども友だちを沢山つくる」というような主旨で、サマーキャンプに参加させられたとしても、生来の性格から、周囲とは打ち解けることができないし、まあ、それで、いじめの対象として目をつけられることになってしまうこともありがちでしょう。いじめを気軽なジョークとして受け止めるなんてことは、どんなに老成したってできることではないし、気軽に人の心を踏みにじる人間には、思い知らせる必要があります。ここで怒りが湧いてくるならば、自分の自尊心もまだまだ捨てたものではないということでしょう。いじめていた人間は、人をいじめていたという犯歴を残すことで、どんな不利益を被ることになるか、そのリスクを認識していません。ということで、復讐の機会は、将来にわたっていくらでもあるわけですが、この復讐心で気持ちをたぎらせながら生きることも楽しくはないものです。そうした次元から自分が解脱して成長してしまう、というのも、ひとつの対処法であり、児童文学的な正解ですが、これを良しとできるかどうかは悩ましいところです。きっかけはともかくとして、ハウイとローラが得た友愛は貴重なものです。ここで二人の関係になんら養われるものがなかったとしたら、実に殺伐とした荒野なのですが、いじめる子たちには得ることはができないだろう大切なものを胸に抱けたという彼らの復讐は、大いに痛快です。現実はそううまくはいきません。思春期に胸を焦がすような思いを抱くことはなかなかありません。参加したくないサマーキャンプにエントリーすることの効用は、そんなチャンスを得られることですが、まあ、億劫なものだとは思います。自分が十代だとして、そこまで克己心を振るわせられるかどうかと途方に暮れています。