ひなぎくの冠をかぶって

The naming of Tishkin Silk.

出 版 社: くもん出版 

著     者: グレンダ・ミラー

翻 訳 者: 伏見操

発 行 年: 2006年03月


ひなぎくの冠をかぶって  紹介と感想 >
出生数1,000に対する1歳未満乳児の年間死亡数が国際的な乳児死亡率の基準値となっています。ある調査によると、日本の3.2人に対して、アフガニスタンでは151.5人であるそう。約50倍の死亡率。「統計上の数字」として、こうした数字を眺めると、発展途上国の医療水準の問題を意識させられるのですが、子どもを失ったそれぞれの家族の痛みや、悲しみは、統計的に読み取れるものではないと思います。国情の違いはあれど、ひとつひとつの死の悲しみは、確率の高低に影響されるものではない。この世に奇跡のように生を受けたちいさな命。慈しまれ、愛情を尽くされた、灯火が消えるとき、その悲しみは、数値では計りようのないものです。消えてしまった命は、何も残さなかったのか。この世にかりそめに誕生した命の意味はなにもなかったのか。いえ、遺された家族たちの心には、失われた子らへの想いが宿っているのです。ちいさく灯された光。決して忘れることなく、その面影と一緒に、家族たちは生きていくのです。この作品は、失われた光をいとおしむ家族の、優しさに満ちた静かな物語です。そして、悼む心をわかちあう少年と少女の友情もまた強く胸を打ちます。大仰な言葉はここにはないけれど、雄弁な深い愛情に心を満たされるのです。

丘の上に住む、シルク家はちょっと変わっています。一家の子どもたちは、学校に行かず、両親から勉強を習っています。個性的な両親と祖母のもとに暮らす、虹の色の名前をつけられた五人の娘たち。「レインボーシスターズ」は、にぎやかな姉妹。そして末っ子は唯一の男の子、グリフィン。彼は、神話の動物から名づけられました。両親の子どもたちへの想いは、それぞれの名前に託されています。一家の子どもたちは、名づけのお祝いで、名前を授けられ、両親から愛情深い言葉を贈られます。グリフィンが学校に行かなくてはならなくなったのは、勉強を教えてくれるお母さんが、あの悲しい出来事のために、街の病院から帰ってこれなくなってしまったから。ちょっと世間ズレしたグリフィンのことですから、厳しい学校社会を乗り切っていけるのかな、と思いきや、案の定、ワルガキどもの格好のからかいの的となってしまいます。でも、まっすぐなグリフィンは、イジメに臆することなく、かかんに戦いを挑むのです。そんなグリフィンを見つめる素敵な瞳がありました。グリフィンの前にあらわれた女の子、ライラは、ひなぎくを編んだ冠を被っていました。すき間だらけの歯をして、ピンクのスニーカーを履いたお姫さま。親しくなった二人は、お互いの家を行き来して、幼い友情を深めていきます。やがて、ライラは、グリフィンの心に沈んでいるある悲しみを読みとってしまいます。二人の心は近づき、何も言わなくても、その悲しみがわかるようになったのです。生後間もなく死んでしまったグリフィンの妹のこと。グリフィンは今まで末っ子だった自分の下にあらわれた妹を、ちょっと疎ましく思ってしまったことがあります。僕が大切に思わなかったから、妹は死んでしまったんだ・・・。思い込みの自責の念に苦しんでいるグリフィン。そんなグリフィンの姿を見て、ライラは、その心の痛みをとりのぞいてあげたいと思います。名づけられないまま死んでしまった女の子。彼女のことを思い、胸を痛めていたのは、グリフィンだけではありませんでした。家族それぞれが、言葉にしないまま、生まれてまもなく死んでしまった女の子のことを、胸に住まわせていたのです。正面から見据えることができなかった、あまりにも悲しい出来事。辛くて口にすることができなかった出来事。でもここには、それぞれの悲しみに耐える心を、言葉によらず慮り、寄り添いあえる家族がいます。そして、グリフィンには、心をてらしあえる大切な友だちも。みんなであの命が生まれたことを祝おう。ほんの短い命ではあったけれど、自分たちの心に生き続けている女の子を、愛し、慈しみ続けよう。生まれてきた命を祝福し、名前を授けよう。ティシュキン、それがグリフィンの名づけた、妹の名前なのです。

あのとても素敵なヴァンサン・キュヴァリエのベンジャマンシリーズに続いて、くもん出版から発行された伏見操さんの訳本になります。今回も(別添ですが)思い入れのたっぷりと入ったあとがきに魅了されます。作品の一番の読者である訳者のひとかたならぬ想いに、突き動かされてしまいます。板垣しゅんさんの挿絵もとても美しく、この優しい想いの結晶のような一冊を彩っています。グリフィンの心をほどいていくライラのひたむきな思い。魅力的な彼女をもっと知りたいと思ってしまいます。グリフィンの姉妹、レインボーシスターズ、一人一人の物語も読んでみたいと思うような、そんな温かさに溢れた物語でした。お薦めです。

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