ぼく、ネズミだったの!

I was a rat.

出 版 社: 偕成社

著     者: フィリップ・ブルマン

翻 訳 者: 西田紀子

発 行 年: 2000年09月

ぼく、ネズミだったの!  紹介と感想>

フィリップ・プルマンによる小学校中学年向けファンタジーです。副題に「もう一つのシンデレラ物語」とついているのですが、最後まで、どこがシンデレラ物語なのだろう、と気がつかなった僕は、かなり鈍感です。あの有名な物語のサイドストーリーにあたる作品で、物語の謎の部分はすべて「シンデレラ」と組み合わさったとき合点がいくものとなっています。名作のパロディということだけではなく、もっと優しく、深い愛情や世間を風刺したものが物語の中に込められています。善良な人たちが貶められる危機と、そこからの大逆転。そのエンディングの痛快さは、「魔法」ではない力、によってもたらされたものだからかも知れません。

靴なおし職人のボブと、せんたく女のジェーンの老夫婦は、子どももなく気ままに暮らしていました。ある夜のことドアをノックする音がします。こんな時間に誰がと、ドアをあけると一人のお小姓の制服を着た男の子が立っています。ボロボロでしみだらけ、顔はうすよごれて、ひっかき傷もある。さらには『僕、ネズミだったの』と繰りかかえすばかり。どう見てもネズミには見えないこの少年。名前も言えず、食事のマナーも知らないし、自分がどこからやってきたかも良くわからないのです。お小姓なら誰かの馬車に乗って世話をする奉公人だろうなとボブは思うのですが、どうにも調子はずれ。ふびんに思ってジェーンはあれこれ世話をやきますが、男の子は礼儀のひとつも知らず、まずは『ありがとう』と言わせることからはじめなければなりません。生れてまだ三週間だとか、新聞に載った皇太子さまの新しい婚約者の写真を指さし、彼女を知っていると言い出したりと、どうにも手に負えません。名前がないのも困るので「ロジャー」と二人はこの男の子を名づけます。このままにしておくわけにもいかず、役所や警察、孤児院に出向いて、ロジャーの家をさがそうとするボブとジェーン。なんの手がかりもなく、病院につれていっても健康な男の子と言われるだけ。学校に行かせても「ネズミのような」奇行がわざわいして、先生たちの怒りを買ってしまいます。ところが、この自称ネズミの少年の噂を聞きつけ、興味を持った人物がいました。普段は王様の相談相手をしている王室つきの博士です。功名心からロジャーをボブたちのもとから連れ去りますが、博士の部屋で猫を見たとたんロジャーの態度は一変し、恐怖のあまり、外へと逃げ出してしまいます。さて、ここからがロジャーの不幸な物語。見世物小屋の親方に捕まり、なんでも食べるネズミ少年として見世物にされたり、ゴシップ新聞の手によって、地下道に住むモンスターなどと書き立てられます。このモンスターを処刑すべきかどうかの裁判が行われることを知ったボブとジョーンは、なんとかロジャーを助けようと裁判で訴えますが、誰もとりあってくれません。後はロジャーが知っているという新しい皇太子様の婚約者に頼むしかない。さて、このプリンセスとネズミという組み合わせ、そして「シンデレラ」の伏線はどうつながるのか。ああ、と合点がいくこと請け合いのエンディングが待っています。

有名童話をモチーフにしながら、この健気なネズミ少年のいじらしさと、彼を思い遣る老夫婦の愛情が、切なくもユーモラスな物語となっています。新聞が事件をあおりたて、針小棒大に世間の興味本位を世論にしたてあげる危険性も皮肉っています。フィリップ・プルマンと言えば、あの「ライラの冒険」シリーズの圧倒的迫力と壮大な世界観、少年少女の胸を打つような愛情、すべてを超えたところにあるあの大作に感銘を受けたものですが、こうした可愛い読み物でも才能を発揮しています。「そして、皆、幸せに暮らしましたとさ」という感じのエンディングに心が暖かくなる一冊です。