出 版 社: 小鳥遊書房 著 者: マギー・ギブソン 翻 訳 者: 松田綾花 発 行 年: 2019年06月 |
< サッシーは大まじめ 紹介と感想>
サッシーこと、サスパリア・ワイルドは十三歳の女の子。彼女の活躍を描くYAガールズものです。小鳥遊書房からの刊行で、マーケティングも環境問題寄りであったので、やや身構えて読み始めたのですが、かつての理論社のソフトカバーの翻訳YAシリーズや小学館のSUPER!YAなどのレーベルから刊行されていたら、また違った印象を受けたでしょう。要はけっこう真面目な本だと思っていたのです(このタイトルだけに)。ところが、この本は非常に楽しい、いわゆる翻訳YAガールズものであり、上記のレーベルの色々な作品が思い出される、アクティブな女子の学園ライフが描かれます。ティーンとしてはオシャレや恋愛はマストと思いきや、サッシーの関心は、環境問題や動物愛護にあります。地球を守るにはどうしたらいいかということを常に考えている、ちょっと変わった女の子なのです。その志向性は、実践活動もともないます。ベジタリアンなのは、環境や動物愛護を意識したヴィーガンだからだし、ギターを弾き歌う、自作の歌詞だってエコを訴えるものです。環境破壊を意識せずにビニール袋を配布する大型スーパーストアに抗議文を送りつけたりと、正義が行き過ぎてトラブルも起こしがちですが、地球を危機から救うエコ戦士としての自覚と責任があるのです。そんなサッシーでありながらも恋するティーンでもあるというのがポイントで、スポーツが得意でカッコ良い男の子に夢中だったりします。まあ、男子の見かけよりも本質に迫っていくのが、こうした物語の常套で、真にサッシーを理解してくれる男子が現れたり、ガールズたちの熱い友情があったり、家族のドタバタなどのお約束通りの展開に加えて、エコロジーを考えさせる物語でもあります。ちょっと変わり者の女の子が悪戦苦闘しながら大活躍という黄金パターンを踏襲した楽しめる一冊、と思って、肩肘張らずに手にとってもらえると良いかもです。
サッシーが両親にサスパリラなんて炭酸飲料の名前をつけられたことは実に不覚であって、学校でサッシーの登録名で通しているのは、彼女の信条に反するからです。地球環境に害を与えるものは許さない。十三歳ながら、揺るがない信念を持つサッシーは、近所の大型スーパー、パラディソの責任者に抗議文を送りつけるほど真摯にこの問題を考えています。そんなサッシーを驚かせたのは、父親が議員選挙に出馬するという宣言をしたことです。そのためにサッシーにも問題行動を慎んでもらいたいというお達しです。父親の選挙活動に協力する交換条件は、デモテープ作りの費用を出してもらうこと。シンガーソングライターを目指すサッシーとしてはこれに従わなければなりません。エコな歌詞で環境問題と動物愛護を訴えるのが夢なのです。とはいえ、金曜日の夜のパーティーに出かけたくなるのもティーンとしては仕方がないところ。犬猿の仲の幼馴染、メーガン主催のパーティーだとはいえ、水泳部のスター選手であるマグナスが参加するとなれば、いつもは天然パーマでクルクルの髪の毛だってストレートにするし、ドレスだって着るのです。両親には内緒でこっそり参加したパーティーでマグナスとメーガンがキスするところを見てしまい、落ち込んでいたところに声をかけてきたのは、母親の再婚でメーガンの義理の兄になったというツィッグという少年です。ちょっと変わり者だというツィッグをサッシーも胡散臭く思うのですが、二人が環境破壊を食い止めるため共に闘う同志になる、というのは、まあ後々のお話です。サッシーの環境保護への熱意は学校では上滑りしますが、そんなサッシーの態度をユニークだとマグナスはサッシーに声をかけてきます。そりゃあサッシーだって、好きな男子に誘われれば浮かれはするのです。けれど、町の大切な自然であるブルーベル森が伐採されスポーツ施設やショッピングモールになるという計画を知り、サッシーは新たな使命に目覚め、一方で、マグナスとの考え方の違いを思い知ります。父親の選挙選もまた、このショッピングセンター建設が焦点となり、しがらみに縛られながらもサッシーは建設反対の立場で、ツィッグともに学校の仲間たちを巻き込んで抗議活動を行います。ピンチがチャンスとなる大逆転の大団円。思い込みの強いサッシーが、周囲の人たち繰り広げるやりとりがどうにも楽しかったりします。
本書の翻訳刊行は2019年6月で、その当時は学校図書館周りではSDGsが既に浸透していましたが、一般的な認知度はまだそれほどではなかったかと記憶しています。環境破壊をする仮想敵であったはずの大企業もまたESGのもとに、環境対策をやたらと気にかけるようになるのも、ちょっと先です。実態としてどれほどの改善が進んだのかと思うのですが、意識は高まった、というのが現在(2023年)かと思います。一方で、さらに意識の高い環境保護活動家たちは、世の中がまだまだ目覚めないことに対して、過激な行動をもって喧伝することがあります。このため、あまり環境問題に入れ込み過ぎるとヤバい感じ、というイメージは否めず、クラスの変わり者ならまだしも、危ないヤツ認定になりそうな軌道を進んでいく予感があります。エコ意識はどんどんと高くなり、エスカレートしがちというのは物語の上でも見受けられる軌跡です。YA的な観点から、環境問題に関心が高い子どもたちが登場する物語を考えると、そこに自己肯定感や裏腹にある自意識を考えさせられます。地球を守る使命を負った戦士であること。それはまだ未熟で、ちっぽけな自分自身と複雑な化学反応を起こします。自分のことよりも、今、考えるべきは地球の環境を守ること、と言ってはみても、進路や将来のことは考えなくてはならないし、自信も持てないのです。とはいえ、この切羽詰まった使命感が、思春期の不安定な自我を支えているところはあって、こう言ってはなんだけれど、面白いキャラクターになってしまうのです。いや、実に立派なのことです。サッシーは十三歳(中学一年生)という設定ですが、わりと大人びていて、十六歳ぐらいに思えます。信念がある人は違うのです。