デルフトブルーを追って

出 版 社: 国土社

著     者: 中澤晶子

発 行 年: 2006年04月

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現代と歴史上の遠い過去が交互に描かれ、現代に遺された謎が次第に紐解かれていく物語があります。児童文学作品では、そうした謎解きの面白さだけではなく、歴史の中に息づいていたかつての人たちの想いを、現代の子どもたちが受け取って成長するところに妙味があります。子どもが失意のうちにあれば尚更で、歴史をたどることで、これからを生き抜いていく力を得られるのです。それは壮大なロマンであり、半径の狭い生活圏にいる日本の都市部の子どもたちにとっては得難い体験でしょう。読者である子どもたちもまた、おそらく経験することのないような出来事です。日本とオランダ。三百年前と現代。場所と時間を超越して一本の線に結ばれていく物語はとても魅力的です。何故か、そっくり瓜二つの二枚の絵皿が日本とオランダに遺されています。先祖から伝わる、一枚しかないはずの青い朝顔の絵付けがされた皿が、どうしてオランダの陶器づくりの町、デルフトにあるのか。その謎を日本人少年、ヒカルが解き明かすことになりますが、物語は大いに悲痛な幕開けから始まります。両親の事故死。オランダでの客死です。ショックのあまり、ヒカルは声を発することができなくなります。この物語を通じて、ヒカルは一言も話せない状態ですが、心は大きく動き続けています。その回復は、過去の時間を巡り、現代へとつながる想いを受け取った時に果たされます。オランダと日本の関係や、陶器作りの技法や歴史、今は廃れてしまった日本の陶器の里の謎など、知的好奇心をそそる題材が、絶妙な構成で展開していきます。少年が自分の声を取り戻すまでの長い旅。ラストには、すべてが一本の線でつながり、満足のいく読後感を得られる充実した一冊です。

父親の仕事の赴任先であったオランダで、帯同していた母親も一緒に自動車事故に遭い、両親が二人とも亡くなるという事件は、小学五年生のヒカルに堪え難い衝撃を与えます。この後、オランダで家族一緒に暮らすはずだったことも果たせぬまま、精神的なショックによって声を出すことができなくなった状態で、それでも、事故現場であるオランダの町、デルフトを、ヒカルは一緒に暮らしている叔父さんと共に訪ねます。事故の前に母親からもらった手紙に記されていたのは、ヒカルの家に先祖代々伝わる家宝の絵皿とそっくりな一枚をデルフトのアンティックショップで見つけたという報告でした。一枚しかないはずの貴重な皿が、何故、オランダにあるのか。その店で詳しく話を聞こうと両親は出かけた際に事故にあったのです。ヒカルは、両親の足跡を辿るため、叔父とともに、その店を訪ねます。しかし、肝心の皿は、店主の弟で、日本語学の研究者であるウェストダイク氏の手に渡っており、また鑑定のために日本に送られたというのです。こちらの皿もまた、ウェストダイク氏の家の先祖代々伝えられた物だとヒカルは知ります。イアン・ヤンスゾーンというデルフト焼の絵付け師である祖先の遺品であった皿。この皿がしまわれていた箱の中には、古い手記が同梱されていました。ウェストダイク氏の妻は日本人で、古いオランダ語で書かれたこの手記を日本語に訳して、ヒカルに読ませてくれることになります。それはオランダ人の陶器の絵付け職人の父と日本人の母の元に生まれ、日本で生まれ育った居安(イアン)という人物の少年時代を記した手記でした。両親を病気で亡くし、陶器作りが巧みな叔父とともに、陶器の里、伊万里から姫谷という場所に移り住んだ居安が、西洋人との混血である容姿から特異な目で見られながらも、職工として修業を積み、当初は反目していた同じく年少の職工仲間とともに絵皿を焼き上げていくまでの苦闘の日々が綴られています。オランダの絵付け職人であった居安の父親は、日本の伊万里焼きに魅せられて海を渡り、その血を受けた居安もまた絵皿作りに精進しながらも、やがて日本を離れなくてはならなくなります。残された二枚の皿は、日本とオランダでそれぞれの子孫に伝えられ、現代に再びまみえる時を迎えます。遠大な時間に遺された強い想いをヒカルが知った時、失意のうちにあった彼の心に兆すものがあります。

物語の中で、ヒカルによって読まれていく、居安ことイアン・ヤンスゾーンの手記に興味をそそられます。オランダの絵付け職人の出自が日本であったという奇想。オランダ人の血を引く外見は、日本の田舎の里では特異な扱いしか受けず、顔を隠して暮らさざるを得ない境遇にいる少年が、少しずつ陶器作りに開眼していく姿は、徒弟物語としての魅力に溢れています。それでも日本を追われ、父の国オランダに行かなければならなかった居安が、子孫に遺した想いの丈が、時を経て手記から蘇るという物語の展開の妙。それを受け止めるヒカルの先祖もまた、かつて姫谷の里で居安と一緒に陶器を作った少年職工であったという運命的なつながり。そして、この姫谷という江戸時代前期に数十年だけ焼き物が作られ、その後、廃れてしまったという謎めいた場所を舞台に、作者の想像力が紡いでいく物語には、大いにロマンを掻き立てられます。あまりに強い精神的な衝撃のために言葉を失ってしまう、いわゆる緘黙状態にある子どもが児童文学ではよく描かれます。家族の死を乗り越えることは、ただでさえ困難なことです。その心の痛みが、形となったような症状である緘黙。物語の終わりに、失くした声を取り戻すことは、心の痛みからの回復として象徴的です。ヒカルが永く長い心の旅を経て、新しい場所にたどり着く結末を飾るのは、ウェストダイク氏の息子であるイアンとの出会いです。三百年以上前の二人の少年職工の交友が二重写しとなり、なんとも言えない感慨をもたらされる。深く味わいのある物語です。