サマーと幸運の小麦畑

The things about luck.

出 版 社: 作品社

著     者: シンシア・カドハタ

翻 訳 者: 代田亜香子

発 行 年: 2014年08月


<   サマーと幸運の小麦畑   紹介と感想>
サマーはアメリカに暮らす日系人の少女。アジア系であることにアイデンティティはあるけれど、とりたてて民族意識があるわけでもない、ごく普通の女の子です。両親が親戚の介護で日本に行ってしまったこの夏。サマーは祖父母とともに、テキサスからオクラホマ、カンザス、コロラドと小麦の収穫をしながら旅をすることになりました。小麦の収穫の請負はサニーの家のファミリービジネスなのです。色々な国籍の働き手たちと一緒に、祖父はコンバインを運転し、祖母は働く人たちの食事作りを担当します。サマーも弟のジャズも、子どもとはいえ作業を手伝います。トラックに乗って旅をしながら、行く先々で小麦の収穫をする。牧歌的なサマーの毎日には多少の事件は起こるものの、基本、のどかな日々が続いていきます。充実も退屈もしていない日々。それでも十二歳の心はめまぐるしく動いていて、その心の波動に耳を傾けることが楽しい、みずみずしい物語です。

シンシアカドハタ作品は、色々な時代の日系人の子どもたちを主人公にしています。今回は現代を舞台にした物語ですが、現代的な要素が特にある訳でもなく、iPad のゲームの話が出て来なければ、数十年前の話のようにも受け取れます。かと言って、古くはない。「十二歳の夏」の心の波動は時代を越えた共通感覚であり、そのエネルギーには吸い寄せられます。サマーの人生はもつれています。少なくとも自分ではそう思っています。このもつれが解けるには十五年ぐらいかかるんじゃないかとさえ自分で考えるほど、サマーの心の中にはもやもやとしたものが渦巻いています。十二歳の物思いなんてたわいがないもの、とばかりも言えません。サマーは「考え深く」なってしまったのです。それは、今どき珍しくマラリアにかかって、死にそうな目にあったせいかも知れません。人生の有限性に気づいてしまった十二歳。サマーには不意に「世界を感じとる」瞬間が訪れます。けっして思い通りにはならない世界の中で、とりとめのない物思いに明け暮れているものの、そこには愛しむべき感性の輝きがあり、心を動かされます。

祖父がサマーとジャズに話してしてくれる人生訓が秀逸です。クールで気丈な祖母と、祖父とのやりとりや、おそらくは発達障がいで、普通の感覚とは違いすぎている弟のジャズの言葉もユニークです。ふいに真理を垣間見せられるような、気の利いたセリフのやりとりが楽しい作品です。小麦の収穫作業は続いていきます。それがサマーの日常です。凡庸な日々の中で、サマーの感性はみなぎり、自分の奥深くあるものに思いを巡らていきます。とりとめのない物思いの中で、自分をちっぽけに感じたり、時には自分を天才じゃないかって思ったりする。どこか『ふたつめのほんと』(マクラクマン)のようなところがありますね。彼女の視線の先に見える、小麦畑が広がる雄大な景色と、ちっぽけな自分自身を内省する心のハーモニー。それもこれも「十二歳の夏」をつなぎとめたところにある何かで、上手く説明できないのですが、すごく良いんですね。

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