岬のマヨイガ

出 版 社: 講談社

著     者: 柏葉幸子

発 行 年: 2015年09月

岬のマヨイガ  紹介と感想>

マヨイガとは「迷い家」のことです。山に迷い込んだ人が遭遇する、見たこともない立派なお屋敷で、それに出会うと良いことがあると東北地方の民間伝承で伝えられています。おばあちゃんとユイママと、ひよりの三人が暮らし始めた岬の古い家は、どこかお話の中のマヨイガに似たところがありました。それは血のつながりのある家族ではない、不思議な縁に結ばれた三人にとって、一緒に暮らせるこの場所こそが、幸福をもたらす家だったからです。東北地方を襲った大震災と、その後の津波は甚大な被害を人々に与えました。ただ、その災害をきっかけに出会えたのが、この三人です。津波から逃れるために高台にある狐崎中学校の体育館に集まった人たちの中には、地元の人もいれば、偶然、この町に居合わせた人もいました。暴力を振るう夫から逃れて家を出た、ゆりえさんは、行くあてもなく乗った北へ向かう電車で、何か事情があって叔父さんの家に引き取られようとしている萌花という女の子と出会います。二人が電車を狐崎の駅で降りた時に、あの地震が発生します。そして、避難した体育館で、二人は、見ず知らずのおばあちゃんに出会うのです。おばあちゃんは、ゆりえさんのことを死んだ息子の嫁のユイで、萌花のことも孫のひよりだと言うのです。おばあちゃんは、ボケていたのか、それとも行き場のない二人の事情がわかっていたのか。避難所を出た三人は、疑似家族として古い家を借りて暮らし始めます。その家こそが、岬のマヨイガだったのです。

このおばあちゃんが不思議な人なのです。介護施設に入所しようという、八十七歳にもなる人なのに、一旦、行動しはじめると六十代にも見える若々しさがあります。どこか得体の知れないところもあるのですが、ユイママになった、ゆりえさんにとっては三人の暮らしを守ってくれる頼もしい存在でした。この土地、狐崎の伝承を二人に話してくれる博識や、人間ではないものにもコネクションを持っていることに、ユイママもひよりも驚かされます。おばあちゃんは、地震以降のこの狐崎に起きている異変に気づいていました。カッパたちに依頼して海の中の動向を探りながら、この土地を襲う魔の手と闘おうとしていたのです。おばあちゃんと暮らしながら、二人もまた、自然と超常的なものが見えるようになっていきます。かつてこの土地で暴れていた猛威の封印が解けてしまい、この土地から人間を追い出そうと、危害が加えられます。おばあちゃんは、人ではないものたちの力を借りながら、これを迎撃します。ユイママとひよりは翻弄されながらも狐崎の人たちと三人の暮らしを守るために闘うのです。

三人が闘う敵は、非常にいやらしく、人の心の弱い部分を突いてきます。震災で失った大切な人や、気にかけている人たちの幻影を見せて、心を支配しようとするのです。ユイママことゆりえさんの前には、暴力をふるう夫が現れ、泣きごとを言いながら甘えてすがってきたりするのです。ファンタジーの中にも現実感があって、ゆりえさんは、この戦いを経て、夫との訣別を決意するのですが、東北の伝承世界とこうしたリアルが混淆するあたりも驚かされるところ。両親を亡くし、地震にも遭遇して、心因的な要因で言葉を失くしていた、ひよりこと萌花も、ここでのつながりによって自分を取り戻していきます。柏葉幸子さんの児童文学ファンタジー世界には、デビュー作の『霧のむこうのふしぎな町』以来、何を読んでもだいたい驚かされてきたわけですが(『りんご畑の特別列車』が特に好きでした。近年だと『つづきの図書館』にも驚かされました) 、その凡庸ではない着想の豊かさと、心にグッと迫ってくる感覚に圧倒されます。『遠野物語』にも伝えられる東北の伝承世界と、あの震災と、現代的なエッセンスが混淆した驚くべき作品です。このおばあちゃんは一体、何者なのかとか、萌花はこのままで良いのか(要は親戚に引き取られる途中から行方不明になっているわけだし、偽名で通せるものなのか。誘拐にあたらないのか)とか、まあ不思議は不思議なままにしておいて、三人の家族の幸福な暮らしがずっと続けば良いなと願いたくなる物語です。