時の旅人

A traveller in time.

出 版 社: 評論社

著     者: アリスン・アトリー

翻 訳 者: 小野章

発 行 年: 1981年01月


時の旅人  紹介と感想 >
健康上の理由から、大おばさんが住む田舎の村サッカーズに転地療養も兼ねて遊びにいくことになったロンドンに住む現代の少女、ペネロピー。姉のアリスンと弟のイアンも一緒にかつて貴族の荘園であった歴史のある古い田園を訪ねることになりました。楽しい田舎暮らしの毎日を送る中で、ペネロピーは、時折、過去と現在の風景がシンクロして見えるようになっていきます。大おばさんの家は、かつてこの土地の領主であった貴族の屋敷だったところです。ふいに部屋のドアを開けると、何世紀も前の衣装を着た女性たちがカード遊びに興じているところに遭遇してしまうペネロピー。それは、かつてこの屋敷に暮らしていた遥か過去の時間の人たち。どうやらペネロピーは、時折、時間を越えて、過去の世界を透視してしまうようなのです。だんだんと過去とシンクロしはじめたペネロピーは、やがて長い時間、完全に過去の世界に入り込めるようになっていきます。そこは16世紀末のサッカーズ。この地を治める青年貴族バビントンの領地でした。遠い祖先がバビントン家の台所をまかされている女中頭であったために、面影の似たペネロピーは親族の娘として迎えてもらいました。この見知らぬ世界での拠点を得たペネロピーは、やがて、このお屋敷の人たちと交流を深めていきます。生活の違いに戸惑いながらも、物怖じせず、またこの時代の平民にはない「教養」もあるペネロピーは、お屋敷の使用人のみならず、バビントンの奥方様やご主人たちとも親しくなっていきます。しかし、ペネロピーは知っていたのです。この屋敷の主人バビントンが、ある歴史上の事件で、悲劇的な運命を迎えるということを・・・。

悲運の女王メアリー・スチュアート。スコットランドとフランスの王であった彼女は、イングランドの正統の王位継承者でありながら、従姉妹でもある現女王のエリザベス一世により幽閉生活を強いられています。1587年、メアリーはエリザベス一世の謀殺未遂に与したとして断頭台で処刑されることになります。そのきっかけとなった事件の首謀者こそ、メアリーに強い忠誠を誓う青年貴族、バビントン。誰あろうペネロピーがタイムスリップした先で出会った領主様だったのです。バビントン一族と親しく接しながら、ペネロピーは、高潔で純粋なこの人々が、そのひたむきさゆえに破滅へと向かっていく姿を見てしまいます。忠誠を誓う女王メアリーを救い出そうとするバビントンは、エリザベス女王に対する反逆を企てます。バビントンは捕らえられ反逆罪で絞首刑となり、八つ裂きにされるという過酷な未来が待っている。ペネロピーは、果たして、バビントンの暴走を止めることができるのでしょうか。ペネロピーが最初に過去に降り立ったのは1584年。問題の事件まで、あと3年間。破滅の時刻に向かって、時計は刻々と進んでいきます。

物語の筋立ての面白さもありますが、丁寧に描写されるサッカーズの豊かな自然の風景や農園での生活が清新なイメージを与えてくれます。そうした田園の空気の中で、過去の世界に思いをはせるペネロピーの心理描写が、とても健やかです。姉のアリスンと弟のイアンは仲が良く、そんな姉弟の間でちょっと寂しい思いもしている、夢見がちで考え深い次女ペネロピー。物思いにふけっては、風景に溶け込み、過去の時間に入り込んでいく。その現代から過去に、するりと入り込んでいく場面がシームレスで、意表をつかれてしまうのです。実に映像的で、イメージが目に浮かびます。数年間にわたる時間の経過の中で、ペネロピーが成長し大人びていく様子や、領主バビントンの弟フランシスと心を交わしていく様子などもゆかしく、読んでいること自体が心地よい読書感を与えてくれる一冊でした。タイムスリップや時間旅行者を扱ったタイム・ファンタジーには魅力的な作品が沢山あります。児童文学系とSF系では、ちょっと肌合いが違うところもありますね。『時の旅人』の面白さは「児童文学的」です。物語のプロットよりも、主人公の少女の心の風景の微妙さや、田園風景や人間模様などが実に活き活きとして魅力的で、それがSF的題材との絶妙なマッチングを見せています。しばらくの間、この物語の舞台である、過去と現代のイギリスのサッカーズという田園に心を寄せることができました。情景的ということでは、フィニィなどが好きなSFファンの方も楽しめるのではないかと思える一冊です(ちなみにフィニィにも「時の旅人」という作品がありますね)。