ゴーストアビー

Ghost abbey.

出 版 社: あかね書房

著     者: ロバート・ウェストール

翻 訳 者: 金原瑞人

発 行 年: 2009年03月


ゴーストアビー  紹介と感想 >
思春期の抜群の不安定感が捉える世界には、この世ならぬものが見えます。そう断言してしまうと、ホラーとしては身も蓋もありませんが、この物語は心霊小説のようにも、心理小説のようにも読むことができます。どちらに引き寄せて読んでもいいはずですが、表紙はややホラー寄りですね。これが物語の舞台となる大邸宅、アビーです。フラットな視線で読めば、YA的な心の揺らぎが清新に感じられる作品です。十二歳のマギーの心は、大分、弱っています。ママが二年前に心臓病で亡くなって以来、パパは抜け殻のようになって、すべてにやる気を失っています。騒がしい双子の弟たちの面倒を見ながら、小さな主婦として、精一杯、気を張っているマギーは、パパのことで心配を募らせていました。弱った心には、見えないものが見え、聞こえない音が聞こえるのかも知れません。マギーがアビーで見たものは一体なんだったのか。超常的な現象と思春期の心の混沌が混ざり合う、不思議な物語の世界がここにあります。

一級建築士の資格を持ちながら、すっかり仕事に身の入らなくなってしまったマギーのパパのところに、旧友から仕事の依頼が舞い込みます。一般に公開されている古いアビー(修道院)に住み込んで、改装を指揮する現場監督になるという誘いです。99もの部屋があるこの大邸宅には、管理財団の責任者であり、持ち主でもある女性がたった一人で暮らしていました。35歳の独身女性、ミズ・マクファーレン。アビーに引っ越したマギー一家は、ミズ・マクファーレンと共同生活を送ることになります。元は17世紀に作られたらしいアビーは、増築と改修を重ねて、歴史的な遺構も、壁に塗り込められているようです。そこかしこ建物は痛んでおり、大規模な改装が必要となっていますが、やや資金状況は覚束ないよう。そんな現実的な不安定感をベースに、このアビーに集まってきた、世の中の迷子のような大人たちが織り成す人間模様をマギーの目から捉えた作品です。

イライラしがちなパパ。き真面目で、綺麗なのに自分を飾ろうとしない変わり者のミズ・マクファーレン。そんな二人が、心を交わしそうになりながらも、すれ違うのを見守るマギーも実にナーバスで、微妙な緊張関係は続きます。そして、マギーにふりかかる不思議な現象。そもそも沢山ありすぎるドアの向こうに何があるかなんて、わかりもしないのです。マギーには、すべての成り行きをこのアビー自体が不思議な力でコントロールしているように思えてきます。すべては偶然なのかも知れないし、ゴーストの仕業なのかも知れない。それは、揺れる気持ちが見せる魔のせいなのか。マギーの気性は素直で感じ入りやすく、人の気持ちを斟酌しがちです(しかも、あんなにすぐイライラするパパのそばにいるとなると)。もしかすると、建物にも感情移入しすぎたのでは、と思えるお話です。ウェストールにしてはささやかな作品ですね。93年に亡くなった彼の作品が日本で翻訳刊行されたのは、その没後が大半で、四十作もあるという作品は、まだこれからも日本の読者を楽しませてくれるのだろうと思います。この物語も80年代が舞台で、書かれた当時は現代ものだったのが、今となっては近過去となっています。もっと面白くなりそうなのに、惜しい、という印象の残る作品でした。

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