空のてっぺん銀色の風

出 版 社: 小峰書店 

著     者: ひろはたえりこ

発 行 年: 2004年09月

空のてっぺん銀色の風   紹介と感想>

2005年の読書感想文課題図書にも選ばれた作品です。少年ファンタジーの秀作、岡田淳さんの『二分間の冒険』(1985年の作品)と比較して考えると、それぞれ作家さんの独自性以外にも、この二十年間での、児童文学で描かれる子どもたちのメンタリティや家庭環境の変化を意識させられました。授業中(作業中)に、同級生と離れ離れになった主人公の少年(小学六年生)が、「この世ならぬもの」と出会い、そこから「ファンタジー」へと導かれるという導入部分は同じ。しかし、約束されたファンタジー空間の中で「少年が発見するもの」には距離があります。道具立て(テコ)としての「ファンタジー」は有効に作用しながらも、見つけ出されるものはリアルの鏡像であって、やはり、どんなリアルが踏まえられているか、が問われるところかと思います。本書には、今日的な子どものメンタリティや、家庭環境の問題もうまく取り入れられていて、「帰ってくる場所」「再発見するもの」である、子どもたちのリアル(現実)の変化を思います。そして「幸福な世界、というだけでないリアル(現実)」を受け入れるあたり、やはり今風(2004年の)の児童文学ではあるかな。この作品の、はしばしに見られる含蓄や台詞の中に埋められた真意や寓意は、主人公の少年にはまだ理解できない高みにあるものの、大人の読者には、主人公の理解範囲を飛び越して、強く感じさせるところがあります。児童文学は「子どもが理解できる」ことを前提にしたものなのでしょうが、もうひとつ高位の枠組みが垣間見えるあたり、作品世界をより深く感じさせる魅力となっていくものと思います。この物語を収束させた「解決策」も、作品中の「大人」が出した結論であるのですが、子どもは、そうしたものを見て何を感じとったのだろうか、と想像させられるところに、物語の余白を読まされます。あと、少し邪道な見方ですが、少年同士が理解を深めていく雰囲気に妙にドキドキさせられるところもあって、これは、なんだろうなあと、考えていました。これもまたロマンです。

体育の授業中にいなくなった同級生の早乙女力を探しに行かされた「つかさ」は立ち入り禁止の「かえらずの森」と呼ばれる、学校のとなりにある気味の悪い森で彼を見つけます。早乙女力は「おとめ」とアダナで呼ばれている男の子。すぐ泣いてしまう、女っぽい、色白のクネクネした子と思われていて、友だちもいません。そんなおとめを、活動的な少年であるつかさは苦手に思っていました。つかさが探しにきてくれたことを喜ぶおとめに、つかさは複雑な思いを感じます。そこに現れたのは、森の神ワラビ。おとめと親しくしていたワラビは、友だちがいないはずのおとめが、つかさと一緒にいることに腹を立て、おとめをシマフクロウの姿に変えてしまいます。シマフクロウになったおとめを自分の家に連れて帰ったつかさは、これまで話をしたこともなかったおとめと話をするようになり、その「複雑な家庭事情」を知ってしまい、これまで思いもよらなかった、おとめの内面に触れることになります。このままだと、だんだんと心まで人間からフクロウになっていってしまう、おとめ。人間の心を失い、フクロウとなって、森の守り神として暮らすことになるのか。果たして、おとめは人間に戻ることができるのか。「かえらずの森」の地主の老人や、ちょっと生意気な同級生女子とその兄、つかさの両親、おとめの姉たちなど、この物語を彩るキャラクターたちも魅せてくれます。特に、つかさのお父さんの台詞が良いんですよ。外国映画の台詞みたいで粋でした。

「もう人間の世界にはいたくない」という思いを「子ども」が抱くのは、どんな時なのか。おとめ以前にも、森の神に、フクロウにされてしまった少年たちはいました。人間の世界に友だちを呼び戻せなかった、かつての少年の友だちたちは、胸に後悔を抱いたまま、現在を生きています。つかさは、おとめを、人間の世界に呼び戻すことができるのか。寡黙な同級生が心に抱えている痛みを知ることは、教室ではなかなかないできないことかと思います。まだ自分のことだけで精一杯な子どもたちには「他者への想像力」を育てることも難しい。どちらといえば、大雑把な感じの少年である、つかさは、おとめの繊細な感覚や、他者への感心の向け方に驚かされます。そして、つかさもまた、おとめの痛みに気づいていくのです。他者が抱えている心の世界の広さに気づく瞬間、少年の目は見開かれるものですが、その「鮮やかな一瞬」を本書は読ませてくれます。つかさとおとめと、少年たちがそれぞれ迎える新しい世界。少年が傷を感じる心のいじらしさや、ふと大人びる感性のゆらぎに、かなり惹かれる作品。さて、リアル少年少女たちは、この課題図書にどう読書感想文を書いたかな、と気になるところです。