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出 版 社: 講談社 著 者: 石川宏千花 発 行 年: 2020年11月 |
< メイドイン十四歳 紹介と感想>
困っていたり、傷ついていたり、辛い気持ちでいることを、人に見透かされることほど所在ないものはありません。誰にも気づかれないようにしていたのに、バレてしまった、というような気まずさ。その裏腹、自分の窮状を誰かに気づいて欲しかったり、助けて欲しいという気持ちもある。それでも、そんな内心を知られるわけにはいかないのです。なぜかと言えば、十四歳はそんな季節だからです。悩みごとをたやすく人に打ち明けられるわけがないのです。人から優しく聞いてもらえたとしても、素直に自分を委ねられない。それは端的には、恥ずかしさであり、またそうした突っ張り方をしていないと立っていられない脆さがあるからです。このために、涼しい顔をしながら、大変わかりにくいSOSを出し続けることになります。本書の主人公は優等生を自認しているために、余計、SOSを出せません。そんな彼が、転入してきた同級生の、大変わかりにくくて、さらに手の込んだSOSを受け取ることになるのですが、そのメッセージに気づくまでに物語全編を費やすほどの迷走状態を続けます。「えっ、転校生は透明人間!?」のような副題がつきそうなユーモラスな物語に見せかけておいて、奥深く読み応えがある。その深層が見せるものは、十四歳ならではのデリケートな心の迷妄です。人はなかなかわかり合えないものですが、その原因の一つは、自分が感じていることをちゃんと人に説明しないからです。まあ、もとより説明なんてできないものです。だからといって素直に胸襟をひらくことを推奨している物語でもないのです。なぜかと言えば、十四歳はそんな季節だからだし、その屈託こそが愛おしいものだからかも知れません。
自他共に認めるナチュラルボーン優等生、中学二年生の男子、吉留藍堂(らんどう)。中学受験を制して地元の優秀な男子校に入学した彼は、その公正で公平な大人びた態度で、先生にも信望の厚い生徒でした。アメリカからの帰国子女の転入生の案内係という名目のお世話係を頼まれたのも、そんな信頼の高さからです。ただ、この転入生の浅窪くんはややいわくつきです。先天性可視化不全症候群という世界的にも例のない難病を患っているという彼は、全身を包帯でぐるぐる巻きにして肌を一切見せずに制服を着ている珍妙な姿。その症状は、他の人には彼の肉体が透明に見えるという、驚くべきものでした。それは実際に透明なのではなく、彼を見る人の脳波に影響を与えて、透明にしか見えない状態を生み出してしまうというものだそうなのです。それはつまり、人からは見えないということで、実質、透明人間であるわけです。案内係として、藍堂はこの症状を詳しく知ったものの、全校生徒には、そんな病名を告げたところで理解されるはずもなく、その包帯姿は透明のように見える皮膚病なのだと逆に中学生男子の好奇心を煽ってしまうことになります。包帯の下はどうなっているのか。伝染する病気ではないのか。やがてその病気の正体が生徒たちにも明らかになった時、正真正銘の透明人間である浅窪くんは、もはや揶揄われるどころではなく、恐怖の対象になってしまいます。なにをされるかわからないという疑心暗鬼は、彼を排斥する方向に動き始め、浅窪くんを擁護する立場の藍堂もまた追い込まれていくのです。
終章に至って透明人間の真相が明らかになる展開にも驚かされるのですが、この物語、なによりも主人公の吉留藍堂くんのキャラクターが秀逸です。成績優秀で品行方正な優等生で、嫌味なところもなく、正しくあろうとする善良な少年なのです。とはいえ、両親はそんな彼のことを自慢するでもなく、手放しにほめることもありません。どちらかと言えば、もっと普通の子でいて欲しいのかも知れません。誰とでもフレンドリーに接する社交性も藍堂くんは持ち合わせていますが、それほど親しい友だちがいるわけでもありません。かといって、同級生からもリスペクトされているというわけでもないようです。要するに、彼には、理解者がいないのです。これはとても寂しいことなのだけれど、自分ではそれに気づいてはいません。そんな彼が、密かに出入りしている場所が「兎屋」という釣り堀です。藍堂くんはここの常連の、ちょっと変わった大人たちと会話を交わすことを楽しみにしています。特に藍堂くんが好きな作家である野之・ト・ナカの話で意気投合した巳波さんという男性などは、野之・ト・ナカの作品が好きすぎてオリジナル続編を書いていて、それを藍堂くんに読ませてくれるのです。つまり藍堂くんは、YA主人公にはありがちな、子どもからは浮いてしまい、大人しか友だちがいないタイプのようです。浅窪くんのことでトラブルの坩堝になった学校で、誰にも気持ちを打ち明けられないでいる藍堂くんの悩みを聞いてくれる大人たちがここにはいました。家でも学校でもないサードプレイスの効用はここにもあったのです。信用できる大人はいないと不信感を抱く、浅窪くんの心の闇にも藍堂は次第に気づき始め、彼自身の世界観もまた広がり始めます。結果として、大人もまんざら捨てたものではないと気づかされる展開は、これから大人になる少年たちの道標として希望を灯すものになったかも知れません。さて、この物語から、小野不由美さんの十二国記シリーズの『魔性の子』を思い出していました。現代の学校で、特別な力を持つ孤独な少年が迫害されていく集団心理が描かれます。その少年を見守る教育実習生が主人公ですが、彼もまた少年と同じ、ここではないどこかを希求するメンタルをもて余し、孤独をかこっています。同志的な結びつきを得た二人ですが、実は別世界の霊獣であった少年は、彼が帰りたがっていた世界に行ってしまい、主人公は一人取り残されます。共鳴する孤独な魂同士が結びつく物語は魅力的ですが、一緒にいられないことも必定です。本書にもまた、その余韻に耽溺できる深い味わいがあります。
