出 版 社: ポプラ社 著 者: 三田村信行 発 行 年: 2007年09月 |
< 風の陰陽師 紹介と感想>
お気に入りは、シリーズを通じて、主人公、安倍晴明のライバルとなる同じ陰陽道の師匠についた兄弟子の蘆屋道満です。悪役であり、基本、ダメな人なのですが、巻を追うごとに彼が魅力的に思えてくるのは不思議です。陰陽道の術者としての才能がありながらも、世俗的な欲に囚われて悪の手先となっている小心者の小人物。何度かの晴明との対決もズルい手段を使いながらも、結局、晴明に負けます。ちょっと金回りが良くなってくれば、贅沢な暮らしに溺れてしまったりと、憎めないと言えば憎めない人なのです。そんな彼が終盤、自分が愛されているのだということに思い至る出来事があります。そこで正義に目覚めるとか、そういうわけではないのですが、自分を愛してくれた大切な人を失い、彼なりに考え方を変えていく姿が描かれます。世の中は無常です。この物語、多くの登場人物たちが亡くなり、また生き別れていきます。悪の野望もまた潰えて、結局、ただ漂泊する思いだけが残されます。蘆屋道満もまた当初の野望を失い、新しい生き方を選んでいきますが、これが物語の大いなるオチに繋がります。妖たちが執念を燃やして我欲を貫く一方で、人間の悪役たちはどこか抜けていて、生ぬるいのが心惹かれるところです。結局、人は死ぬのだし、その欲望は永遠に満たされるわけではありません。現世的な栄達の意味についても考えさせられる作品あり、紆余曲折と艱難辛苦を経た主人公がとった生き方の選択も腑に落ちるものとなっています。第一巻は少年の成長物語としてスタンダードな域にあるのですが、最終巻あたりの展開には、随分と驚かされます。つまりこれは超常能力をもった少年、安倍晴明のヒロイックなファンタジーではありません。平安中期、律令国家として確立した中央政権に、地方での武士の台頭のさざなみが押し寄せる、そんな時代です。煮詰まった時代に生きる人間の心の渇望も垣間見えます。そして、タイトル通り、しがらみを振り払い、風のようにさすらい行く陰陽師の姿が浮かんでくる、なんとも感慨深い終局を迎える物語なのです。えーっ、こんなことありなのか、とも思います。そこがまた面白いところです。
後世に名を伝えられる陰陽師、安倍晴明。まだ彼が童子と呼ばれている幼い日から物語は始まります。それほど上位ではない貴族の子弟である童子は、母はいないものの父の手で大切に育てられ、平安京の屋敷で安寧に暮らしていました。大人しく、どこかさびしさを抱えいて、人にかまってほしくて泣いてばかりいた子どもであった童子。物心がつく前に亡くなったと言われていた母の真実を、童子が知ることになったのは、病に伏した父の今際の際に訪ねてきた妖狐の姿を見たためです。父の死後、父の友人で陰陽頭を勤める賀茂忠行に預けられた童子は、晴明と名をあらためます。いずれ陰陽道を学ぶ将来を思いながらも、自らの岐路に迷う十四歳の晴明の胸に灯っているのは、母親の面影を恋しく思う気持ちでした。父と母の馴れ初めを忠行から聞かされた晴明は、いてもたってもいられず、信太の森に暮らす妖狐である母、葛の葉を訪ねます。当初は信太の森の頭領である祖父に、臆病者と思われ避けられたものの、やがてその勇気を認められ、信太の森での信望を得た晴明。しかし、母から広い世界に出ていくことを示唆され、一人、旅立つことになります。その道中、強い法力を持つ放浪の法師、智徳と出会った晴明は、弟子入りを辛くも認められ、その術を学びます。力をつけた晴明は陰陽道の新しい道を開けと智徳に言われ、都に戻ることになります。その旅の途中、智徳に破門された兄弟子である蘆屋道満や、武士の子で都に登ろうとする多城丸と小枝の兄妹と出会ったり、海賊にさらわれた中納言の娘である咲耶子の命を救うなど、晴明は様々な体験をします。都に戻った晴明は賀茂忠行に仕え、その名代として、中納言家の屋敷出入りの陰陽師となるために、蘆屋道満と技くらべを行うことにもなります。こうして、陰陽師として強い力を身につけた晴明は平安京を舞台にその能力を発揮していきますが、快哉を叫ぶこともない晴明の心を吹き抜け、去来するものこそが、この物語の魅力でもあるのです。
「これでいいんだろうか・・・」という晴明の自問で第一巻は終わります。なににもとらわれず、風のようにのびやかに自由に生きよと、母の声もまた晴明の心に響きますが、半分とはいえ人間として社会的な関係性も持っている晴明は、そうそう自由になることはできないのです。思えば、母の元に留まることもできず、師匠の流浪の旅への同行も許されなかった晴明です。陰陽師として栄達することには興味がなく、信太の森の仲間たちや、多城丸や小枝、なによりも、咲耶子との繋がりを大切にしていた晴明。その力によって、戦いに打ち勝っても、結局、多くのものを失います。都に恐怖をばらまき、人々を恐れおののかせることに執念を燃やす、この物語のラスボスである藤原黒主も謎の人物なのですが、当初、彼には「本来の目的」がありました。ところが、次第にその目的がどうでもよくなり、魔につかれ、ただ悪事を行うことが楽しくなってしまうという破綻した人物像が描き出されます。黒主の陰謀に巻き込まれて、平将門の乱に加担することになった晴明は、奮戦虚しく大切な人たちを失っていきます。こうして厭世に沈む晴明は、浮世を離れて、雲水として生きていくことを決意します。少年、阿部晴明は表舞台から姿を消すことになるわけですが、都で陰陽師として栄達するよりも、市井で陰陽道を人々の暮らしに役立ていこうという決意がここにはあり、ずっと逡巡し続けていた晴明が、ようやく生きる道を見つけられた、その姿にはどこか安堵させられるものがあります。超常能力を持つ少年ヒーローが悪を討つ、胸のすくような物語ではないので、読者の子どもたちは戸惑うかも知れないのですが、だからこそ深く感じ入ってしまうなんて、少年読者像を期待しています。