出 版 社: 徳間書店 著 者: クリス・ダレーシー 翻 訳 者: 相良倫子 発 行 年: 2021年11月 |
< 飛べないハトを見つけた日から 紹介と感想>
ぼんやりした子が、何故、ぼんやりしているかといえば集中していないからです。僕自身、授業に集中せず、教室の窓の外を眺めてばかりいるような子どもだったそうなのですが、自覚はありません。積極的な意思を持ってぼんやりしていたわけではないので、覚えていないのですね。ということで大切なのは、自分が今、何をやっているのかという自覚です。少年時代をキビキビと過ごしたかったものです。まあ、そんな後悔も人生のスパイスですが。本書もまた、ぼんやりした少年が主人公です。十二歳のダリルは、しっかりしていない子で、両親から叱られてばかりいます。そんな彼が鳩を飼うことによって、ちゃんとしなければならないという自覚を促されます。さらにはそのことで色々なトラブルにも巻き込まれ、そこから成長するきっかけを掴むことのなるのです。ぼんやりした子が、螺子を巻かれたようにキリキリと動き始める。そんなきっかけがあって欲しいのが子ども時代です。気難しそうな大人たちも登場しますが、少年に向ける視線はあたたかく、鷹揚に接してくれるし、ピンチを乗り越えさせてくれます。ということで、拾った一羽の鳩によって、世界を広げていった少年の物語です。カーネギー賞特別推薦作品です。
ニレの木公園で友人のギャリーとサッカーをしていたダリルが、はずれたボールを探して、茂みの中に見つけたのは、一匹の鳩でした。見るからに具合が悪そうでぐったりしている鳩でしたが、そこらでよく見かけるような灰色の鳩とは違い、青みがかった黒のつやつやとしたつばさを持っています。鳩を家に連れて帰ったダリルは、父親に指摘され、鳩の脚に青いプラスチックのリングがはめられていることに気づきます。この鳩はレース鳩だったのです。さっそく、ダリルは飼い主を探しに近くに住むダッキンズさんというレース鳩を飼育している人物を訪ねます。そこで、この鳩がこのあたりで一番大きな鳩舎を持つレニー・スピゴットの所有の鳩だとわかります。しかし、つばさの折れた鳩はもう価値がなく、ダッキンズさんからも殺すしかないと言われたダリルは、この鳩を勝手にもらい受け家に持ち帰ることにします。両親をなんとか説き伏せ、この鳩を飼うことにしたダリルは、チェロキーという名前をつけます。さて、ここからダリルの毎日が変わっていきます。反対する母親からは、なにかあったら、あなたの責任ですからね、と言われてしまえば、自ずと責任感が芽生えるもの。鳩の飼い方を調べ、飼育環境を整えていくダリル。傷が癒えたチェロキーは少しずつ飛べるようになっていきます。そんな時、学校でスピーチの課題が出され、鳩の飼育とレースについて発表したダリルとギャリーは好評を博し、盛大な拍手を贈られます。ところが、鳩を飛ばしているところを、意地悪な上級生ウォーレンに見つかってしまいます。このウォーレン、チェロキーの元の飼い主であるレニー・スピゴットの息子であり、チェロキーが自分の家の鳩であったことに気づいてしまうのです。鳩を盗んだと責めたてられ、ダリルはウォーレンの言うことを聞かざるを得なくなります。さて、ダリルはこの状況をどう切り抜けたのか。鳩の飼育を通じて成長していく少年の爽やかな物語です。
さて、ウォーレンに脅され、無茶なことをさせられたり、お金を要求されたりとダリルは窮地に追い込まれます。この窮状を親にも先生にも相談できないダリル。ここからのダリルの起死回生の一手は、チェロキーを鳩レースに出すことでした。かろうじて飛べる鳩をレースに出すことは、二度と戻ってこない可能性もあります。それでもレースに勝って賞金を得ようとするダリルは、必死にツテを当たり、出場にこぎつけます。そのレース出場がまた思いがけない結果をもたらすことになります。助けを求められず、思い詰めていたダリルに救いの手をもたらしてくれる大人たちがいて、そのおかげでダリルはウォーレンに対抗できるようになるのです。それもこれもダリルが懸命に飛べない鳩の回復を祈り、世話をしてきたからです。何にも夢中になることもなく、ぼんやりとした子だったダリルが目的を自分で見つけだし、努力を続ける。それを周囲の大人たちが、表面上は厳しいことを言いながらも、ちゃんとサポートしてくれるあたり、目が行き届いた物語です。元々は1988年にイギリスで刊行された作品です。鳩レース自体も進化しているらしく、現在では足輪にGPSを付けて、その軌道を補足できるそうですが、当時はまだそこまで進化していなかったものと思います。レース鳩が行方不明のままになってしまうことも良くあったのでしょう。実際、動物の命を預かり育てることの重さは、時代が移っても変わらず、現在でもまた訴求力がある題材だなと思います。