星に帰った少女

出 版 社: 偕成社 

著     者: 末吉暁子

発 行 年: 1977年03月

星に帰った少女  紹介と感想>

本書は1977年に刊行された作品で、2003年に、こみねゆらさんが挿絵を新たに書き下ろされて復刊刊行されています。以前に復刊版を読んだことがあって、レビューも書いていたのですが、今回(2021年)、改めてオリジナルを読んでみて、色々と新しい発見がありました(この版の赤星亮衛さんの挿絵もまたすごく良いのです)。付け合わせたわけではないのですが、21世紀にこの表現は難しいだろうと思うところもあったので、文章にも多少の改変はあったのかも知れません。物語の時間域は、刊行当時の現在である昭和49年です。そこから25年前に主人公はタイムスリップします。昭和24年という戦後間もない時代に送りこまれた12歳の子どもである主人公が片足が義足の傷痍軍人を見ても、それほど驚かないのは、昭和49年には、まだ傷痍軍人が繁華街などにいたからです。ということで、そんな昭和49年感覚自体が21世紀の現代とは距離があるので、今の子どもたちが読むには難しい本かと思いきや、タイムスリップファンタジーとしての面白さは色褪せないし、母親の再婚に際して揺れる子どもの気持ちや、そこからの成長などは、今も変わらない繊細で鋭敏な感覚が息づいています。つまり今読んでも十分以上に面白い作品なのです。巻末には、佐藤さとるさんによる本書の解説が寄せられていて、『トムは真夜中の庭で』についての言及とともに(「当時のわが国児童文学界へ少なからずショックを与えた」と国内作家が海外の名作に影響を受けてきたことを伺い知る興味深い一文です)、同じ手法のタイムスリップファンタジーとして、母娘三代の繋がりを魅力的に描いた本書を高く評価しています。本書は現在も活躍されている大ベテランの末吉暁子さんの第二作目にあたります。あの末吉暁子さんが期待の新人として、佐藤さとるさんに激賞されていた、そんな時代に読書で遡れることもまた、ちょっとしたタイムトリップかと思います。1978年の日本児童文学者協会新人賞と日本児童文芸家協会新人賞受賞作をダブル受賞した見事な作品です。

お母さんとの二人の家庭で育ったマミ子は十二歳。両親はマミ子が小さな頃に離婚してしまったため、お父さんの顔も知りません。お母さんはキャリアウーマンで、女手ひとつでマミ子を育てていますが、なかなか家のことまで手がまわらず行き届かないこともあって、同級生の友だちとくらべて、マミ子はちょっと寂しい思いをすることもありました。十二歳の誕生日、プレゼントを期待していたマミ子は、お母さんが子どもの頃にきていたオーバーコートを手直ししたものをくれたことにがっかりします。お母さんの思い出の詰まったコートかも知れないけれど、自分は新しいコートが欲しかったのに・・・。このところ、お母さんと気持ちのすれ違いをマミ子は感じていました。お母さんの再婚話や、中学受験をする友だちとの距離感も良くわからなくなってきたり、気持ちが落ち着かない毎日。その冬、お母さんのお古のコートを着たマミ子は、不思議な事件に遭遇することになります。お母さんのコートのポケットにしまわれていたバスの古い回数券。うっかりその回数券を使ってバスに乗ってしまったマミ子は、慌てて途中下車します。降り立ったバス亭の向こうに広がる田舎めいた町で、マミ子は粗末な格好をした少女と出会います。自分の母親と同じ「ハヤシキョウコ」と名乗る女の子の顔は、自分に良く似ていました。お母さんが出ていって、お父さんと二人で暮らしているという彼女の境遇を聞くに及び、マミ子は、『ふたりのロッテ』のように、自分の生き別れた双子の姉妹などではと思うほどです。キョウコと親しくなったマミ子は、再び、彼女のもとを訪れることを約束します。キョウコが住む時間が自分の住む時代の25年間も前であり、彼女こそが子ども時代のお母さんだということにマミ子が気づくのは、物語のずっと先なのですが、ここに秘密めいて魅力的なファンタジーが展開していきます。自分では解決できない微妙で複雑な問題に心を揺らしている少女が、ファンジーの中でリアルを見つめ直すきっかけを与えられる絶妙な展開が待っています。

「回数券」は、無論、特定の回数しか使えないものです。マミ子が「あちら側の世界」に行ける回数は最初から決まっていました。切符の数は2枚。閉じてしまった回廊は、二度とつながりません。母親の古いコート、そして「回数券」という小道具が、効果的に物語の中で活かされています。お母さんが再婚を考えていることに複雑な思いを抱いているマミ子は、「あちら側の世界」で、やはり母親の再婚に気持ちを乱しているキョウコと共感を育てていきます。その複雑で寂しい気持ちが、過去の情景の中で印象深く描かれます。現代に戻ったマミ子は、母親にとって自分が「星に帰った少女」という幻の存在であることを知ります。お母さんの古い日記をたどり、その後のキョウコが遭遇した事件に大きなショックをマミ子は受けますが、母親と自分が未分化だったことを慮り、それぞれが幸せな生き方を求めていくことに思いいたるあたり、鮮やかな成長の物語として完成されている見事な作品です。タイムスリップだけではなく、残された日記や手紙、文章で、過去の人とで会う作品も沢山ありますね。実際、年代が違う方と「子どもの時間」を共有することは、できないわけですが、児童文学について話をしていると、色々な方たちと「子ども」心を交わすことができるような気もします。色々な時代の読者が、年代を越えて、この本の情感あふれる世界について話ができたら、とても素敵なことだと思うのです。