チェーン・メール

出 版 社: 講談社

著     者: 石崎洋司

発 行 年: 2003年12月

チェーン・メール  紹介と感想>

子どもたちが携帯電話を所有するようになり、ネットにも繋がり始めた21世紀初頭の物語です。刊行当時に読んで、非常に新しいトピックを描く作品だと思ったわけですが、ここから約20年が経って、現在(2022年)の視座から読み返すと、単に描かれた事象だけではなく、この作品のスピリットの先見性を感じます。この頃からすでに子どもがネットにつながることの害悪が取り沙汰されるようになっていたかと思います。やがてそれは社会問題として大きくなりネットリテラシー教育が盛んになっていきます。ネットはたしかに危険ではあるのですが、孤独な魂が救われる場所でもあるということは尊んでも良いはずです。リアルで不遇な心が、虚構の世界で救われることもあります。ネットの功罪と虚実。これは、ネットは危険で不実だと一刀両断するのではなく、心の繋がりが持てる場所としての可能性があることに、祈りや願いを捧げる物語ではないかと思います。ネットとリアルの虚実が混沌としてきた現在、あらためて読み返す必要を感じました。タイトルでもあるチェーンメールとは、誰かに転送して拡散させる目的を持ったもので、かつての「不幸の手紙」のように子どもたちの間で流行したものです。この物語でも「貞子メール」と呼ばれているものが例証されていますが、それは「二十四時間以内に七人に転送しないと死んでしまう」という呪いのメールです。しかし、この物語で中学生の女の子たちに届いたチェーンメールは一風変わったものでした。それは、閉塞した毎日を持て余していた子どもたちに、誰かと繋がる可能性を与えるものだったのです。

有名進学校に通う中学一年生の、さわ子の携帯電話に届いたメールは見知らぬ差出人「ゆかり」からのものでした。『さわ子さん、虚構の世界で一緒に遊びませんか』というそのメールは、さわ子に、ウェブサイトでみんなで一緒に「おはなしを作る」ことへの誘いでした。参加者がそれぞれの登場人物になって物語を進め、そこに誰かが続きを書いていく。その四人の登場人物の一人にならないかと、中学一年生だという「ゆかり」は誘ってくるのです。さわ子はこの提案に興味を覚えます。ストーリーはストーカーにつけ回される少女を描くサスペンスですが、それぞれが話を進めていくため、どんな方向に物語が進むかはわかりません。さわ子は、さっそく、この虚構の世界での物語づくりに参加していきます。スポーツ有名校に通う、まゆみ、と、帰国子女の舞のもとにも、転送されたこのメールが届けられ、それぞれが参加者となり、物語づくりが始まります。互いの迫真の文章に驚きながら、一緒に物語を作っていくということに喜びを感じていく少女たち。ストーカーに襲われる少女を描いた緊迫した物語は佳境を迎え、それぞれが自分の登場人物の立場で物語を盛り上げていきますが、さわ子とゆかりの書き込みが、ある時点で途切れるという事態になります。それはまるで物語の中で主人公の「さわ子」がストーカーに襲われたように、現実の「さわ子」もまた、なにか事件に巻き込まれたのではないかと想像させられるものでした。ちょうどその頃、中一の女の子が行方不明になったという事件がニュースで報道されます。舞は参加者である、まゆみに連絡をとり、さわ子のことを調べようとします。やがて舞のもとに刑事が訪ねてきて、不審なメールがなかったかを問われます。こうして、これがひとつの事件だったということが、明らかになっていくのです。

ニーチェを愛読し、学校で浮き上がり「気味の悪い子」と思われている、さわ子。進学校に進んでも友だちのいない彼女が、学校の先輩の携帯からアドレスを盗み、この「メールストーリー」の勧誘メールを拡散させたことが物語の鍵となります。一人ですべての役を独占したいという思いと、誰かと一緒に物語を作りたいという思い。多くの人を誘いながら、実は自分の世界に人に他人に入ってきて欲しくなかったというアンビバレントな心性がここに表れているのが興味深いところです。だれかとつながりたい、という気持ち。架空の友だちではなく、本当の人間とつながりたい。その気持ちが、彼女を動かしていきます。この「つながっていたい」気持ちのせめぎ合いが見事に描かれています。舞やまゆみも、それぞれ現実生活での悩みを抱えています。「現実」とうまくやっていくのが下手ば少女たちが「虚構」の「メールストーリー」の世界でつながる。面白いのは、この『チェーンメール』という物語の志向性が、ネット害悪論を匂わせ、リアルに立ち返ることを礼讃するのではなく、悩みを抱えた子どもたちが「あたしたちの「現実」、あたしたちの「世界」」を作ることが肯定されていることです。作者はあとがきで「ちょっと変わっている、それだけで苦しんでいる子たちをどうしても描きたかった。」と言われています。そうした子同士がつながれるのがネットです。犯罪に巻き込まれることになるネットの害悪が取り沙汰されるようになった時代背景を考えると、ネットに理想郷を作っても構わない、というこの姿勢は稀有であり、当時の児童文学の中でも異彩を放つものだったと思います。「オンラインの子どもたち」の変遷を考える上で、重要な一冊かと思います。