いるか句会へようこそ!

いるか句会へようこそ!

恋の句を捧げる杏の物語

出 版 社: 駿河台出版社

著     者: 堀本裕樹

発 行 年: 2014年06月

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母親に誘われて、俳句の会「いるか句会」に参加することになった大学二年生の桜木杏。俳句に興味はなかったのに母親の誘いに乗ることにしたのは、高校時代に打ち込んでいた卓球のように大学で夢中になれる物がなかった退屈や焦燥と、句会にイケメンの青年が参加しているということに出会いの期待感があったからかも知れません。さて、句会とは何かといえば、多くの参加者が集まり、題に沿った俳句を詠みあって、優れた句を選び講評しあう催しです。作者の名前が伏せられ、ただ句の良し悪しだけで作品を判断し選評する、その鑑賞眼も問われます。俳句初心者の杏は指導してくれる俳人の鮎彦先生の解説を聞きながら、句会の作法を学び、実作していきます。もとよりこの小説は、俳人である著者が「俳句入門」を物語形式で描いた作品なのですが、初めて俳句に触れた女子大生の主人公の心情が活き活きと描かれ、その視座から俳句の魅力を教えてもらえる、歓びに溢れた物語となっています。自分の句を人に褒められた時の気持ちの高鳴りや、俳句の奥深さに感銘を受けたり、また同じ句会の詠み手たちの句とその句が詠まれた心情を推察する。そこから人へのシンパシーも生まれます。そんな心の営みが細やかに描き出された物語です。なによりも、句会に参加しているイケメン、広告代理店に勤務している新人社員の昴(すばる)と杏が俳句を通じて心を通わせ、恋愛感情が育っていく様は、まあなんと面映いことか。やや出来過ぎではあるのですが、普通の小説としても、YA的な観点からも楽しめる物語かと思います。個人的に面白かったのは、句会に参加している同じ大学二年生のすみれと杏が親しくなり、彼女が俳句好きになったきっかけである寺山修司についてのトークを聞く場面です(劇団「天井桟敷」を主宰し、劇作家、演出家として有名な寺山修司ですが、少年時代から俳人としても奇才を発揮していたのです)。大学生がハイテンションで語る寺山愛溢れる場面は、やはり寺山の活躍した時代に憧れ、その文物に学生時代に大いに影響を受けた遅れてきた世代の自分としても、多くを感じいるところがありました。本書は2019年に『桜木杏、俳句はじめてみました』と改題され幻冬舎から文庫化されています。