出 版 社: PHP研究所 著 者: ケイトリン・アリフィレンカ、マーティン・ギャンダ、リズ・ウェルチ 翻 訳 者: 大浦千鶴子 発 行 年: 2018年03月 |
< かならずお返事書くからね 紹介と感想>
とても高揚感のある物語です。いや、実話なので、物語ではないのかも知れないのですが(いや伝記映画など大抵、〇〇物語であったか)、窮地にいる主人公になんとか救われて欲しいと思ったり、幸運が向くようにと祈ったり、実に心をかき乱されてしまいました。それほど、登場人物たちを愛おしく思える作品です。アメリカのペンシルバニアの郊外に暮らすごく普通の少女が、アフリカのジンバブエに住む少年と文通をする。そこから始まるお話ですが、その波瀾に富んでいること。学校のペンパル・プログラムという授業の一環で、外国にいる相手と文通することになったケイトリンとマーティン。他の子どもたちが一、二回のやりとりで文通を終えてしまうのに、二人のやりとりは七年も続くことになります。これは簡単なことではありません。ただ手紙を出すということが、マーティンにとっては非常に困難を伴なうことだったのです。手紙の文面とそれぞれの語りによって、構成されていくストーリーが、活き活きとした二人の心の波動を伝えてくれます。国や文化の違いや経済格差や貧困など、問題意識が向けられる点はいくつもあります。ただ難しいことは抜きにして、真摯に互いを思いやり、信じた二人の友情や、大きな善意に感銘を受けるのです。そんな素敵な「物語」が、大いに物語られていきます。
地球の半周向こうにいる相手に手紙を書く。ケイトリンが学校の課題で文通することになったのは、アフリカのジンバブエに住む少年でした。週末の楽しみは、ショッピングモールに買い物に行くこと、なんていう十二歳のごく普通の女の子であるケイトリンは、ジンバブエがどんなところか知りもしません。一方で手紙を受けとった十四歳の少年であるマーティンも、アメリカと言えば、コカコーラとプロレスの国というイメージ。ケイトリンはマーティンに写真を送り、自分にも写真を送って欲しいと気安く言いますが、マーティンにとって写真を撮ることがどれほど大変なことかは思いもよりません。マーティンはチサンバ・シングルスという、ごく貧しい地域に暮らしていました。みんな靴を持たず、裸足で暮らし、地域全体でテレビが二台しかないというところです。実はマーティンは、文通を続けるための切手代を捻出することも難しい状況にいました。それでもケイトリンにはそんな貧しさを感じさせないように装っていたのです。しかし、ジンバブエの政情不安と経済危機から父親は収入を得ることができなくなり、マーティンの家族は逼迫していきます。ついにマーティンがケイトリンに本当のことを伝える時がきます。それは無邪気なケイトリンに、これまでの世界を揺るがすような気づきを与えることになるのです。
学年で一番の優秀な成績を取るマーティンでしたが、たび重なるインフレで急騰する学費を払うことができなくなり、学校を離れて、働かざるをえなります。家賃にすら事欠くそんな生活を助けてくれたのは、ケイトリンでした。互いに交換しようとした1ドル紙幣はレートの違いで、ジンバブエでは数十倍の価値を生み出します。マーティンの窮状を見かねて、ケイトリンはベビーシッターのアルバイトで稼いだお金を送り援助してくれるようになりますが、彼の状況はより深刻なものになっていきます。真摯で優秀な少年をこのまま埋没させてはならない。ケイトリンと彼女の家族たちは彼に手を差し伸べようとしますが、国情から安全にお金や物資を届けることも難しい。届くのに数週間を要する手紙の往復ではタイムリーに状況を把握することができないのです。こうした手紙の「待ち時間」にこそ心のドラマが生まれます。ジンバブエの政情が不安定になったり、アメリカで大規模なテロが発生したり、互いに心配を募らせる事件も発生します。地球を半周した場所にいる友人を思いやることが、この世界全体へのまなざしを変えていく。二人の若者の多年にわたる心の成長が実に清々しく映し出されます。マーティンがアメリカの大学で奨学金をもらい学業を続けられるよう、ケイトリンと家族たちは奮闘し、絶対に諦めない気持ちがやがて実を結びます。将来を見据えて力を尽くし、堅実な一歩を踏み出していく。それは自分の幸福のためだけではなく、誰かを助けたいという気持ちを実現するための努力です。この二人の友情のドラマが本になり、多くの子どもたちの心を魅了する後日譚までを含めて、この物語の一部となっています。一通の手紙から始まった奇跡ですが、そんな奇跡が世界にあふれていることを期待したくなる読後感です。というか、自分も何かこの世界に働きかけなければ、と思うこと必至です。さて、なにをするか。