きみ、ひとりじゃない

NO safe place.

出 版 社: さ・え・ら書房

著     者: デボラ・エリス

翻 訳 者: もりうちすみこ

発 行 年: 2011年04月


<   きみ、ひとりじゃない   紹介と感想>
フランスの港町カレー。海をへだてたイギリスの対岸にあって、もっともイギリスに近い場所。ここからフェリーに乗ってドーバー海峡を渡るか、あるいは、全長40km近くある海底トンネルを通れば、イギリスに入国することは簡単です。ただし、普通の観光客であるのなら。ここカレーでは、多くの不法移民がイギリスに渡ろうとチャンスを伺っています。彼らがイギリスに渡ることは危険な賭けです。正規のパスを持っていない不法移民たちは、捕まれば強制退去や本国送還になってしまいます。それでもイギリスに渡ろうとしているのは、生きていくためです。イギリスなら移民たちにも仕事があります。アフリカ大陸やヨーロッパ大陸を陸路で移動して、フランスのカレーまでたどり着いた彼らは、なんとかイギリスに渡るための手段を得ようとしています。腹黒い斡旋業者が、高額の謝礼と引き換えに密入国の橋渡しを行っていますが、金銭の都合がつかない多くの不法移民たちはここで足止めされていました。ここには「ジャングル」と呼ばれる移民たちの集落がありました。現代の「どん底」のような貧民窟ですが、イギリスに渡って、仕事を得られれば、人並みに暮らせるという希望もあったのです。その晩、闇にまぎれて、イギリスに密入国しようとするボートが一艘、ドーバー海峡に浮かんでいました。そのボートに、偶然、乗り合わせた三人の若者がこの物語の主人公たちです。原題のように、どこにも安全な場所のない世界を、孤独な若者たちはそれぞれ生き抜いてきました。それでも、物語の終わりには、邦題のように「ひとりじゃない」ことを知ることになります。目を覆いたくなるほど過酷な展開ですが、胸が熱くなる結末を迎えられる物語です。深く突き刺さりますよ。

ボートの三人の若者。といっても、三人とも15歳前後であり、まだ子どもと言えなくもありません。みな大人びた印象です。これまでに経験してきた過酷な生活が、彼らを精神的に成長させてきたのかも知れません。逃げなければ、たとえ命はあっても、魂を殺されてしまうような環境から這い出してきた三人。彼らには、それぞれの事情がありました。クルド人のアブドゥルは、戦時下のバクダッドの爆撃で家族を亡くし、そこから立ち直ろうとする最中、もうひとつ大きな心の傷を負ってしまいます。その傷をいやすために、どうしてもイギリスに渡りたいと思っていました。ロシア人のチェスラブは身よりがなく、乳児院で育ち、幼くして軍事学校に入れられました。いじめがはびこる手荒い学校生活の中でトランペットに出会ったものの、その生きる希望を潰されるような目に遭い、学校から脱走しました。ジプシーの少女ロザリアは、おじに売り飛ばされ、ドイツに連れてこられて、そこで娼婦として生きることを強制されたところを辛くも逃げ出します。大陸を横断してきた三人は、ここフランスのカレーで、イギリスに密入国するボートに乗り合わせます。互いに警戒しあい、けっして他人を信用しないのは、これまでの人生で得てきた教訓です。もめごとから、密入国斡旋業者の横暴な男をボートから海につき落としてしまった三人は、自分たちでイギリスに渡ろうと力を合わせます。それぞれの事情も知らない同士でしたが、生きのびたいという気持ちは一緒でした。人生の舵を他人に握られたままだった彼らは、ようやく自分たちの手に梶を握ったのです。果たして、三人はそれぞれの生きる目的地にたどりつけるのでしょうか。

胸を撃ち抜かれるような物語です。読後の余韻もしばらく続きます。三人の若者のこれまでの人生の過酷さ。まだ幼いとも言える彼らが、命がけで逃げて逃げて、ここまできた経緯。日本にもダークサイドはありますが、子どもたちが一般的な良識では考えられないような酷い目にあっていることに、まず戦慄させられます。不法移民になってしまうのにも、相応の事情があります。自国民からすれば、不法移民を迷惑な存在と考えがちですが、そこにいたるやむを得ない国際事情にも目を向けて見る必要があるのかも知れません。もっとも、リアルタイムで世界で起きていることでありながら、日本にいると無関係だと感じてしまうものですね。つい最近も、この物語の舞台となっているカレーで、不法移民のトラブルが発生したとの記事がありました(※)。こうした物語でも読まないかぎりは、まさに対岸の火事で、良くある国際ニュースのひとつとしてそれほど気にすることもなく通過してしまったかと思います。しかし、その場所にいるのは、自分たちと同じように、あたりまえの感情を有している人間です。彼らが、どんな痛みを感じているのか、想像することだけはできます。中にはこの物語の主人公たちのような年端のいかない子たちもいるのかも知れません。また、この作品は、社会的な問題を提起したものであると同時に、児童文学的な空間が巧みに描かれています。荒れ狂う海の波濤のような情景もあれば、心をゆさぶられる甘やかな情景もあります。なにより、この物語の救いは音楽にあります。アブドゥルは、イギリスのリヴァプールにあるペニー・レイン通りを、自分の旅の目的地として目指しています。この物語を最後まで読むと、言わずと知れたビートルズのあの曲のメロディが頭に響き続けるはずです。物語の最後の情景とともに、その残響がきっと胸を熱くさせてくれるものと思います。

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