出 版 社: あかね書房 著 者: さとうまきこ 発 行 年: 1985年02月 |
< ふたりは屋根裏部屋で 紹介と感想>
「ふたりは屋根裏部屋で」どうしたのか、というと、「トムは真夜中の庭で」どうしたのかを思い出していただくと、にわかに、ワクワクとした秘密めいた想いに胸がときめくものがあるかと思います。ガールミーツガールの児童文学タイムファンタジーということでは『思い出のマーニー』が想起されますが、本作『ふたりは屋根裏部屋で』も、時間を超えた少女同士の友情物語であり、そしてまた、より蠱惑的な浪漫に満ちあふれた作品なのです。国内作品の時間モノということでは、時代考証のディテールをより敏感に感じられるところもまた魅力的ですね。この物語の中の「現代」として舞台になっている(当時は現代であった)昭和59年もまた、既に相当な過去であって、そこで描かれている風俗もまた、懐かしい昭和時代の思い出となっています。もっとも、まだ見ぬ過去である、この物語の「現代」がつながった「もうひとつの時代」は、より神秘的なイメージがある「近過去」でした。抒情画を愛する少女たちや、大陸ではじまった戦争の音が静かに聞こえてくる陰りを帯びた時代。ここではない、もうひとつの秘密の庭や、入江や、花園よりもなお、「屋根裏部屋」には心を惹かれるものがありますが、さらに、古い洋館、玄関の大時計、はるか昔に描かれた少女の肖像画など、その数々の道具立ては一層の好奇心をかきたてられるのです。そうしたイメージをより生き生きと感じさせてくれるのは、主人公エリの少女らしい感受性のひらめきから発せられる言葉であり、牧野鈴子さんの繊細で精密な挿絵です。表紙の絵の影を帯びたエリや、もうひとつの時代に住む少女の表情が、ただ明るいだけではいられない、少女時代の微妙な心の動きを象徴しているようです。薄暗い古い洋館に射す影。その影の合間から、ほの見える仄かな光。この物語には、影とのコントラストが見せてくれる、移ろいやすい光にこそ愛おしさを感じるものがあるのです。タイムファンタジーと児童文学的心性が見事に融合した物語です。
大正時代に建てられた洋館。小学六年生の新学期を迎えようとするエリが引っ越してきたのは、この古い洋館でした。仕事の関係で、東京に出てくることになったお父さんが、気にいって借りてしまった家。かつて洋画家の一家が住んでいたという、広すぎるほどのお屋敷。広い玄関ホールや暖炉、そして屋根裏部屋もあるのです。でも、この屋根裏部屋に立ち入ることは、かたく大家さんに禁じられてしまいました。それには何か特別な理由があるようです。せっかく秘密のかくれ家ができたと思ったのに、と期待していたエリは、がっかりします。けれど、両親がでかけて誰もいないある日、ふいに、この屋根裏部屋に通じるドアが開くことを、エリは知ってしまいます。止まっていた玄関の大時計が時を刻み始める。その時、エリは、もうひとつの時間へとつながる扉をあけてしまったのです。エリがこうしたいと思っていた理想のかくれ家のように飾られた部屋。でも、それは、もうひとりの少女の遊び場でした。これが、だんろの上に飾られた肖像画に描かれていた少女、ルミナと、エリとの出会いだったのです。
ルミナが住んでいる時代は、昭和9年。エリの住む、昭和59年から50年前の世界。お嬢様気質で、ちょっと高慢で高飛車なもの言いをするルミナに、当初、エリは反感をいだきますが、何度となくこの過去の世界にやってくるうちに、エリがルミナにひかれはじめているように、ルミナもまた、エリに会いたがっていることを知るようになります。静岡から東京の学校に転校したばかりで、クラスに友だちができず、疎外感を味わっていたエリと同じように、ルミナもまた、強気な態度にも関わらず、心にどこか寂しいものを抱えていました。そんな二人が、この過去と未来の時間がつながる屋根裏部屋で秘密を共有したのです。いえ、そんな孤独を胸に抱えた二人だからこそ、この場所で出会うことができたのかも知れません。ゲームをしたり、購読している雑誌を交換したり、一緒に絵物語を創作したりしながら、交流を深めていく二人。しかし、エリは、現代で、このお屋敷の子どもに起きたある事件について知ってしまいます。果たして、この古い屋敷の住人にどんなことがあったのか。エリは、過去の時間の中で、どんな役割を担うことになるのでしょうか。タイムファンジーとしての魅力もさることながら、思春期の少女の、リアルな学校や家族、そして自分の存在について心を痛めるもの思いが切実に描かれ、もうひとつの自分の居場所である「屋根裏部屋」で、自分の心を知る友人と出会う、そんな瞬間の喜びが描かれた作品です。アトリーの『時の旅人』のようなスケール感こそありませんが、50年という時間距離の短さが、非常に心惹かれる期待感を生みだしている快作だと思います。