クロイヌ家具店

出 版 社: 理論社 

著     者: 大海赫

発 行 年: 1973年月

※復刊版は2004年復刊ドットコムより刊行

クロイヌ家具店  紹介と感想>

大海赫(おおうみ あかし)さんの『クロイヌ家具店』は1973年に理論社からROMANBOOKシリーズ(全20巻)の一冊として刊行されました。このシリーズは真骨頂である「戦後児童文学」を刊行してきた「創作の理論社」が、1970年代に「ファンタジー文庫」「小学生文庫」に続いて世に送り出した叢書であり、現在の視点でそのラインナップを見ても、興味を覚えるタイトルがとても多いのです。発行から三十年以上の時間を経て(この文章を書いたのは2006年ぐらいだったかと思います)、未だに現役と言える作品は灰谷健次郎さんの『プゥ一等あげます』(角川文庫の『ワルのポケット』に所蔵)ぐらいですが、現在でも知名度のある三田村信行さん、香山彬子さん、皿海達哉さんのお名前もそこに見られます。一方で、当時は活躍していながら、現在では忘れられた作家となっている方たちもチラホラと。1970年代にリアルタイムで子どもであった自分にとっては金重剛二さん(『とおせんぼタワー』の作家さんですね)など、スルドク記憶に食い込んでいるわけですが、現在は流通していないどころか、おそらく図書館でも閉架になっているだろうし、僕と同世代の方でも覚えているだろうかと疑問に思っているぐらいです。大海赫さんという作家も、やはり1970年代を中心に活躍され、その後、児童文学の世界では脚光を浴びることないまま、一般の書店流通の世界の中では忘れられた作家と思われていました。しかしそれから大海赫作品が記憶の中に深々と刺さったまま大人になった、かつての子どもたちによる復刊運動が盛り上がり、もう一度、あの大海作品を読みたいとの熱望が形となりました。それほど、大海作品のインパクトは強く、時代の流通や商流の中で姿を消すことはあっても、読者の心の中からは消えることはなかったのです。そして、図書室で、学級文庫の片隅で、小学生時代の布団の中で、大海作品の衝撃を心に刻んでいたのは、一人や二人ではありませんでした。僕自身の小学生時代は、山中恒さんの正攻法な奔放さに、いいぞいいぞと喝采し、物語を読む面白さを知った口だったのですが、残念ながら、「物語」の枠組みをも凌駕していく大海作品を手にとる機会はありませんでした。だからこそ、子どもの時間に大海作品を吸収していたら、どんな感受性を持って思春期を経験し、そしてどんな大人になれたのだろうかと思ってしまうのです。大人になってから読んだ大海作品は、こんな「不条理」な作品を子どもが理解できるのだろうか・・・というツマラナイ大人目線が入ってしまうのですが、恐らく子どもたちは条理を超えたところで物語を受容し、衝撃に心を貫かれるのでしょう。もし、伝説の作家、大海赫を経験されたことがない方には、是非、手にとって欲しいと、切に願います。

この物語は、父親を亡くしたばかりの少年モエルが、自宅のシイの木に椅子を盗られたことから、新しい椅子を買いに「クロイヌ家具店」に向かうところから始まります。しかしこの「クロイヌ家具店」は悪い噂の絶えないところ。モエルの父親も「クロイヌ家具店」で売っていた椅子を使っていたことによって命を奪われたのだと警告する者もいます。しかも夜な夜な「クロイヌ家具店」からは子どもたちの泣き声が聞こえるという。「クロイヌ家具店」に入っていった子どもは帰ってこない・・・そんな不気味な噂ばかりが流れる店にモエルは入っていきました。そこから先は、悪夢めいた、幻想のような展開が待っています。モエルは、数々の不思議な目に遭遇した後、インスという生まれたばかりのイスと、この家具店で出会います。おぼろげではあるけれど、自分の意志を持ったイスであるインスは、行方不明になった子どもたちが姿を変えさせられたものではないのか。モエルは、その謎を解こうとするのですが・・・。気のふれたような常識外の不気味な人々、子どもにも怒号をあびせるエキセントリックな大人たち、子どもをイスに変えてしまう機械や、捕らえられたインスたちが足を切り落とされる様子など、イメージは鮮烈で、怖ろしいものばかりです(子どもの頃読んでトラウマになった方たちも多いという所以ですね)。それでも、この悪夢の世界は、同時に、かぎりなく美しい瞬間を抱合しているのです。闇の中に浮かぶ一瞬の閃光は、この怖ろしくも不思議な世界に喜びの灯をともします。それは暗黒を描くが故に届けられる光なのです。怖ろしいけれど、そっと近づいてみたい。闇の中に潜む真実に、そっと触れてみたい。大海ワールドに通底する蟲惑的な死や暗黒のイメージは、究極の美しさへの強い渇望を孕んでいるような気がしてなりません。大海作品は、究極の真理と美を求めて真芯を貫こうとするあまり、不条理な世界を描きだしてしまうのかも知れません。条理を越えたところに見える光を「物語」で感じることができる瞬間がここにあるのです。また、意志を持ったイスの話、と言えば、これもまた怖ろしくも美しい松谷みよ子さん『ふたりのイーダ』が思い出されます。松谷みよ子さんもまた、子ども心に、漆黒で深淵な「死」の匂いを沢山、嗅ぎ取らせてくれた作家さんです。影を描くことによって浮かび上がる光もある。向日的な表現だけが、子ども心に光を感じさせるものではないのです。大海作品は、多くの不気味な不条理や悪夢を描きながら、僕らに、多くの光を感じさせてくれたのだと思います。