鐘を鳴らす子供たち

出 版 社: 小峰書店

著     者: 古内一絵

発 行 年: 2020年01月

鐘を鳴らす子供たち  紹介と感想>

戦後間もない昭和22年に『鐘の鳴る丘』というラジオ番組が始まりました。復員した青年と戦災孤児たちの交流を描いたこのラジオドラマは好評を博し、何年も続いた後、映画化もされました。今年(2020年)の朝のテレビ小説の主人公のモデルである古関裕而氏が作曲したテーマ曲『とんがり帽子』のメロディは、ドラマのストーリーを知らなくても、聞き覚えがある方は多いのではないかと思います。この物語は、その『鐘の鳴る丘』に子役として出演していた小学生たちを描いたフィクションです。子どもの役を演じるのは本物の子どもでなければいけないという脚本家のこだわりから、練馬区にある小学校の児童たちがこの番組の出演者となりました。番組製作者と縁故があった演劇指導に熱心な先生の薦めで選ばれたのは、演劇部の子だけではありません。学芸会での演技を認められた主人公の有仁もその一人。演技指導の先生の厳しい指導を受けて、生放送の本番に臨む彼らの緊張感や高揚が伝わってきます。そこに戦後間もない、庶民の苦しい生活と世相が重なり、子どもたちが新しい平和の時代をどう生きていったか、その胸中も明らかになっていきます。そして、戦争が遺した消えることのない大きな傷あとも。物語は昭和48年に『鐘の鳴る丘』の脚本家であった菊田一夫氏(作中では菊井一夫)の訃報を受けた、かつての番組出演者だった子どもたちの回想の物語が入れ子構造になっています。二つの時代を基点として戦争と平和を、子どもと大人のあり方を現代(2020年)の視座から考えさせられます。

戦後、社会問題になった、街頭にあふれる何万人とも言われる浮浪児たち。彼らは戦争で親をなくした孤児たちです。その更生や自立支援と救済を目的として、GHQの組織のひとつである民間情報教育局は、NHKにドラマ制作を指示します。ここに始まったプロジェクト。脚本家の菊井の要請で集められた子役の小学生たちは、物語の中の浮浪児を演じることになります。有仁のように何故、自分が選ばれたのかわからない子もいれば、秀才で気さくな祐介のようにソツなく台詞を言える子も、演技力があり密かに役者を目指す実秋も、素行は悪いものの抜群の演技力を持つ将太もいました。子どもたちは大人たちが真剣にぶつかり合うドラマ作りの現場に戸惑いながらも演技力を磨いていきます。やがて放送が開始されると、孤児たちの物語は多くの人たちに共感を得て、その人気は次第に高まっていきます。出演者の子どもたちは反響の大きさに驚きながらも、手ごたえを感じていきます。そんな折、話題作りもあってか、戦争孤児たちが暮らす施設を、出演者の子どもたちは慰問訪問することになります。そこで出会った本物の孤児たちからかけられた言葉に、子どもたちは大いに困惑します。慰問に行った先で打ちのめされて身動きが取れなくなってしまった友人を、仲間たちが励ましながら窮地を越えていく展開は、同じ古内一絵さんの『フラダン』を思い出しますが、自分自身の甘さや現実の重さに向き合いながら、それを越えていく黄金パターンには魅せられます。戦争で傷つけられた多くの人たちが、それでも前に進んでいこうという姿や、大人の都合に振り回される子どもたちが毅然と新しい民主主義の世の中を標榜していく姿に感じ入る物語です。

この作品のタイトルを初めて見たときから気になっていたのが、鐘を鳴らす「子供」たちという表記です。教育関係や児童文学関係の方は意識して使わないことが多い表記なので、意外に思っていました。児童書出版社からの刊行だけれど、この本は一般書ということなのか、などと読む前は考えていました。諸説あるようですが、供という字は、子どもが大人の「供」であり、大人に従属した状態を示すものだから使用しない、というのが自分が学生の時に教職課程の授業で習ったスピリットです。障害を「障がい」と書かれる方のように、一つの意思表明であると思っています。この物語では、戦争の時代に大人の言いなりにならざるを得なかった子どもたちが、新しい民主主義の時代に、自分たちに人間としての権利と意思を表明していく姿が描かれています。なので、より「子供」の表記は謎だったのですが、このタイトルが『戦争を知らない子供たち』(1970年代に流行したフォークソングで反戦歌としても歌われています)と呼応したものになっていることに最期に気づかされます。で、より、その真意を考えさせられるところなのです。この物語では、かつて戦争の時代を作ってしまった大人たちに、子どもたちが突きつけていくものがあります。平和な時代の子どもたちは、大人が作った社会の価値観や軋轢や勝手な都合に従属することがあってはならないのです。しかし、平和の鐘を鳴らした子どもたちもまた、いつの間にか大人になっていきました。かつての子どもたちが大人になった昭和48年の、その時代の子どもたちもまた中高年となった現在です。戦争の時代に抗いようもないまま、貧困にあえぐ戦後を生き抜いた子どもたちが、自分たちが社会を作る番になった時、何を思ったか。理想の社会を作ることはできたのか。ここに苦さを感じるところもあります。新しい社会を作るために、それでも子どもたちは絶えず鐘を鳴らし続けるのだろうと、そんな未来を思わせる物語でした。