出 版 社: フレーベル館 著 者: アンナ・ウォルツ 翻 訳 者: 野坂悦子 発 行 年: 2014年09月 |
< ぼくとテスの秘密の七日間 紹介と感想>
操縦士が描いた絵を、見た目通りの「帽子」ではなく、「象をのんだうわばみ」だと言い当てたのは、あの「王子さま」です。だったら、今まで誰にも理解されなかった気持ちを、出会い頭に当たり前のように言い当てるのが、傍若無人な「王女さま」めいた女の子であっても納得するところでしょう。家族旅行に出かけた観光地のテッセル島で、十歳のサミュエルは、ちょっとやっかいな「心の同志」と出会ってしまいます。島に暮らす十一歳のテスは、サミュエルよりも頭ひとつ分も背の高い大人びた女の子でした。人の都合を考えないマイペースさに翻弄されながらも、サミュエルは次第に個性的なテスに惹かれていきます。テスは変わった子です。話はとりとめもなく色々な方向に飛ぶし、急にダンスを一緒に踊らせようとしたりと、サミュエルを戸惑わせます。とはいえ、それはテスなりに心の事情があってのことなのです。テスが秘めている密かな決意を、サミュエルも知り、その秘密を共有することになります。自分勝手で強引だけれど、繊細で心優くて、ちょっと思いつめている。そんな年上の女の子に振り回されるテッセル島での七日間。なんとも素敵な少年の休日がここにあります。
看護師でシングルマザーのお母さんに育てられたテス。お父さんとは会ったこともないし、そもそもテスの存在さえお父さんは知らないらしいのです。お父さんの名前を教えてもらえないテスですが、お母さんの思い出帳からお父さんの名前を見つけ出し、ネット検索と推理力で ついに当人を探り当ててしまいます。お母さんに気づかれないように、お父さんと会うことを計画したテス。何も知らないままテッセル島に恋人と一緒に誘い出されたお父さん。さて問題は、テスはこの事実を、どう切り出したらいいのかということ。このまま自分が娘だということを知らせないことだってできます。テスは思い悩みながらも、島に抽選で招待されたラッキーな観光客だと思っているお父さんへの間合いを詰めていきます。お父さんは一体、どんな人なのか。ところが想定外のトラブルが発生して、お父さんが怪我をしてしまいます。島で唯一の病院に連れて行かなければならないものの、そこには看護師のお母さんがいる、という難しい局面を迎えます。テスはこのピンチをどう乗り切ったのか。思い悩むテスを見守りながら、サミュエルがどんなアクションを起こしたのかも注目すべきところです。サミュエルだって、テスに負けずおとらずの変わり者です。もちろん、変わり者であることは、児童文学の主人公の美質なのです。豊かな個性を持った二人が、衝突したり、ケンカしながら、心を通じ合わせていく、スウィングしていく物語がどうにも楽しい一冊です。
テスと違って、両親とお兄さんがいて、ごく普通の家族に囲まれ、バカンスにテッセル島に連れてきてもらえるサミュエルは、かなり幸せな子どもです。とはいえ、ちょっとした心の隙間がないこともないのです。二つ歳上の兄のヨーレが、サミュエルのことを「教授」と呼ぶのは、彼が何でも疑問に持ち、考える性格だからです。心に浮かんだ変な疑問を、ところかまわず口にするものだから、家族からしても面倒くさい子だったりします。このミニ哲学者には、思慮深さと短慮が同居していて、おかしなことに興味を持ったり、考えこんでしまったりもします。サミュエルをちょっと冷たくあしらう兄ヨーレの弟への微妙なコンプレックスもまた興味深いところなのですが、理解されないサミュエルにもまた孤独感があります。自分がなんなく家族から相手にされていないような気だってしてくる。お母さんには偏頭痛の持病があってかまってもらえないことが寂しいのかも知れません。島で知り合ったおじいさんが亡くしたペットのカナリアの埋葬を手伝ってから、サミュエルはやたらと死を意識するようになっていきます。これは、どこか心のバランスを崩している証拠です。僕は小学生の時に家族を二人亡くしたせいで、残りの家族が死ぬことばかりを四六時中気にしている、そんな病んだメンタルを抱えていました。子どもは死に囚われて、どんどんと暗い気持ちに支配されていくことがあるものです。それでも、誰かを失いたくないと思う強い気持ちがあるのは、自分に大切な人がいるということに気づいているからなのです。物語は紆余曲折の末、サミュエルに生きることの喜びの光を見せてくれます。ヨーレがサミュエルを「教授」と呼ぶのだって、揶揄しているだけじゃなく、その知性への羨望があるのです。世界が変わっていく気づきに満ちた、そんな七日間の休日。そして、セミュエルにはテスという、家族以外の大切な人も増えました。なんとも見事な現代オランダの児童文学作品です。